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虚け者のぼやき


by iamhide3897

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at 2012-05-20 22:05
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大東會館訪問

歌の道にある人達との邂逅

紀元二千六百七十二年五月十九日


新宿を後にして、同血社・河原會長の車に誘はれ、そのまゝ青山へ。大東會館に連れて行かれた。

今日は、定期的に大東會館で行はれてゐる「歌道講座」があるのだと云ふ。
和歌とは無縁の愚生、敷居も高からうことから、河原會長に再三斷わつたが、半ば拉致された格好となつて、大東會館に到着した。
福永眞由美先生を御紹介され、御挨拶申上げる。
既に講座は終はつてをり、直會に參加した。
眞由美先生は、氣さくな方で、初對面の愚生をも歡迎してくれた。歌道講座の方々も同じである。

直會は期せずして軍歌や唱歌の熱唱會となつた。手拍子が鳴り響き、神州の息吹がそこにはあつた。
愚生も、照れながら、「月の沙漠」を一曲。
河原氏に聞くに、講座は嚴格でありながらも、終はつて直會ともなると、くだけた雰圍氣になるのだといふ。

歌と歌の合間にある會話が、愚生を始め今日の日本人が忘れ掛けた何かを思ひ出させてくれる、そんな空間であつた。
# by iamhide3897 | 2012-05-20 22:05 | 報告 | Trackback | Comments(0)

◎ 暴力團排除條令問題研究會

暴力團排除條令
    問題研究會


紀元二千六百七十二年五月十九日

暴力團排除條令問題研究會會合出席。
 今囘、愚生は二度目の出席だ。見渡せば前囘同樣、四國、關西、近畿、中部、關東のさうゝゝたる顔ぶれが出席してゐた。
 前囘は、全く暴力團排除條令に關し不研學な状態であつたが、今囘は多少見識を深め臨む事が出來たと思ふ。前囘出席から數ヵ月樣々な事例が持上がり、國民に其の脅威が迫つてゐる。然し、未だ國民に危機意識は持たれず、國民には暴力團にのみ適用される條令と思はれてゐるのが現状と云はざるを得ない。
 この暴力團排除條令の恐ろしき處は此處にある。暴力團排除と云ふ名に惑はされ本質を見る事はなされない。一部暴力團排除の署名運動を見れば樣々な事件後、亦、暴力團事務所の近邊にて署名運動が行はれてゐるが、暴排條令に關し何の説明もなされず署名活動が行はれてゐるのが現状である。亦、そこが當局の狙であらう。現に愚生の學生時代の先輩も自宅近所に暴力團事務所があり、署名活動に自宅まで訪れた活動家は暴力團の危險性のみを訴へ危機感を煽り署名してしまつたとの事であつた。後日偶々愚生の説明に驚き署名した事を悔んでゐる。
 一般的には、暴力團排除條令が有る事すら知らぬのが現状であり、亦、知つたとしても其の内容までは全く知られず、暴力團排除と云ふ名に胡麻化されてゐるのが實状であらう。
 警察廳主導に依る暴力團排除條令は、暴力團對策法、人權擁護法等の失敗から産み出されたものであり、警察利權の温床とも云はれ、其の實態たるや恐喝紛ひのものが殆どであると云はざるを得ない。
 警察は正義と國民は信じて已まないが、最近の警察不祥事を見ても解るやうに、己の使命を完うしよう等と覺悟してゐるやうには決して見る事は出來ない。
 亦、各地に於ける事件を見れば、不良外國人に依るものが増え警察の檢擧率も減少傾向にある。況してや警察に訴へる事さへ出來ないものまで發生してゐる。 其の時、誰に治安を守つて貰ふのか、一部の國民は一昔前を思ひ、地元任侠の徒へ委託する者さへゐる。法治國家と云ふならば其のやうな事の無いやうにするのが警察の務めであらう。勤に對し手拔き、亦、樂をする、更に右に擧げた警察利權が爲に造り出したもの。暴力團排除條令である。
 この事を、國民に廣く啓蒙しなくてはならぬと強く思ふのである。
# by iamhide3897 | 2012-05-20 20:31 | 報告 | Trackback | Comments(0)

出雲大社相模分祠

出雲大社
   相模分祠奉参

紀元二千六百七十二年五月六日



 本日、出雲大社相模分祠祖靈社に於て祖靈際が行はれた。
相原修命月命日でもあり山口彌吉郎命の御靈を納めてある故、社を訪れた。
厳に祖靈際が行はれようとした時、空は俄かに暗雲立ち込め雷雨が降り始めた。祖靈際は肅々と進められ草山宮司の祭祀奉上、玉串奉納、納められてゐる祖靈に日々の感謝を捧げる。
訪れた氏子に草山宮司の言葉は、鎌倉時代武將は祈願の最中に降る雨を、吉報の兆しの如し今日の雨も皆樣の願ひ天に屆くでせうと云はれる。
亦、先日和歌山の家原文男兄より送られた納經帖、己の稚拙極はまりない知識を悔むが、讀み取ること叶はず草山宮司に解讀を願ふ。

文政、嘉永、天保、明治、大正と計六册の納經帖は四國巡拜納經帖と西國三十三箇所巡拜納經帖、更に一册は淡路四拾九藥師御納經帳とある。
四國八拾八箇所と淡路四拾九藥師は數ヵ月を掛巡拜し西國三十三箇所は二年の歳月を掛廻つてゐる。
現在四國八拾八箇所廻りの旅行企畫でバス等を使ひ簡單に廻るが、先人達の苦難の道程を考へると頭が下がる。否尊敬の念さえ浮ぶ。
我々現代人とは異り、己の爲に巡拜納經をするのではない。經濟的にも容易い事ではなく頼母子講、無盡等にて村中で經費を捻出、數名を選び村中の願を擔ひ、地域の人の爲に御遍路の旅に出たのだ。
草山宮司曰く現代人の傲昂ぶりが約二百年前の先人に學可きと云はれる。
本日は善き教に心より感謝。
# by iamhide3897 | 2012-05-07 21:38 | ぼやき | Trackback | Comments(0)

◎ 昭和節

武藏野陵(むさしののみささぎ)
昭和天皇御陵参拝

紀元二千六百七十二年四月二十九日


武藏野陵(むさしののみささぎ)は昭和天皇の御陵


武藏野陵(むさしののみささぎ)昭和天皇御陵参拝遙拝


武藏野陵(むさしののみささぎ)昭和天皇御陵


武藏野東陵(むさしののひがしのみささぎ)香淳皇后御陵


多摩陵(たまのみささぎ)大正天皇御陵


多摩東陵(たまのひがしのみささぎ)貞明皇后の陵

 本日、昭和節(昭和天皇御生誕の日)にて三條の會有志それゞゝ各團體行動となり、依つて弊塾有志は
同血社有志と共に武蔵野、多摩両御陵を参拝する。
 各みささぎの御前にて有志一同声高らかに念誦を唱へ奉る。
 昨年迄は祝詞、念誦を唱る事はなかつたが、尊皇崇國と云ふならば其の志し學び實踐すべきと爲つた。


# by iamhide3897 | 2012-04-29 17:02 | 報告 | Trackback | Comments(0)

疑問

北朝鮮國民が金正恩新体制を信じてゐるとするならば

紀元二千六百七十二年四月十五日



 此處最近疑問に思ふ、北朝鮮國民を不幸な國民として皆一應に扱ふが、果たして本當にそうなのか。
 北朝鮮脱北民は、皆國民の間に不滿が高まり改革を望んでゐるやうに云ふが、此處最近の各報道メディアを視る限りそうは見へない。と云ふより北朝鮮國民は現状の北朝鮮の情勢が當たり前と捉へてゐるのではないか、北朝鮮の國體が現状の状態其のものと捉へてゐるとするならば饑餓状態にある事も何の不思議とは思つてゐまい。確かに饑餓状態を脱したいとは思ふであらうが、其れが北朝鮮と云ふ祖國と思つてゐるならば決して不幸な國民ではない。寧ろ獨裁者を救濟者と信じて止まないのであれば、確固たる信ずるものを持つ幸せな國民と云へるであらう。
 世界中が民主主義、社會主義と云ふ目で見るから獨裁に喘ぐ不幸な國民と捉へるのである。
 極端な話しでは有るが、以前東南亜細亜のジャングルから救出されたと云はれる舊日本陸軍少尉は、終戰後も唯一人ジャングルで戰ひ續けてゐた。現在のやうな恵まれた環境にある者の目からすれば、何と悲慘な人であらう、戰爭と云ふものゝ犧牲者と哀れむだらう。
歸國の際に「天皇陛下萬歳」を叫んだ事や現地住民との銃撃戰によつて多數の住民が殺傷した出來事が明らかになつた事(フィリピン政府當局の判斷により、舊日本陸軍少尉への訴追は行はれなかつた)、亦本當に敗戰を知らなかつたのかと云ふ疑問が高まるに聯れて、左翼的なマスコミや文化人からは「軍人精神の權化」、「軍國主義の亡靈」と云つた根據のない誹謗中傷もあつた。
 舊日本陸軍少尉に對し、政府は見舞金として百萬圓を贈呈するが拒否。拒否するも見舞金を渡されたので、見舞金と方々から寄せられた義援金の全てを、靖國神社に寄付してゐる。
天皇陛下との會見も(自身が勝手に潜伏した事で、陛下は聲の掛け樣が無いだろうと判斷)丁重に斷り、戰鬪で亡くなつた同胞の墓を參つてゐる。
 然し、舊日本陸軍少尉は決して不幸だつたとは云つてゐない。寧ろ國の勝利を信じ、日本陸軍將兵として誇り有る行動をとつてゐたと語る。
 現在歸國後結婚した妻と共にブラジルに移住し、牧場經營を成功させた。
 その後、「凶惡な少年犯罪が多發する現代日本社會に心を痛めた」として『祖國のため健全な日本人を育成したい』と、サバイバル塾『自然塾』を主宰。日本の精神文化と密林での經驗を元に逞しい日本人を育成するとして、講演會や野營等を行い、高齢ながらも日本とブラジルを往復し續けてゐると云ふ。
 まさに己の信じた道を歩み續ける事が出來るのはこの上ない幸せと謂へるであらう。
 北朝鮮國民が舊日本陸軍少尉のやうに成るとは考へられないが、北朝鮮の國體を疑はず信じてゐるとするならば、信ずるものゝ爲め生きる事は決して不幸ではないと謂へるであらう。
# by iamhide3897 | 2012-04-15 23:17 | ぼやき | Trackback | Comments(2)
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