虚け者のぼやき


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北海道講演會

「日本の南と北から
  觀た領土問題」


紀元二千六百七十三年四月十四日

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左から山口會長、惠隆之介氏、砂澤陣氏、河原會長、前列中舘會長


  昨日十三日、北海道入りし本日興味ある講演會參加となる。
 以前、同血社會長河原氏から話が有り、旭日會中館會長より御誘いを受

けてゐた講演會が有るとの事で同行する事となつた。

 講演は南と北から觀た領土問題と云ふ事で一部の講師は惠隆之介氏、

沖縄県コザ市(現在の沖縄市)出身。昭和五十三年、防衞大學校管理學

專攻コースを卒業)、海上自衛隊に入隊、海上自衛隊幹部候補生學校、

世界一周遠洋航海を経て護衛艦隊に勤務した。昭和五十七年に二等海尉

で退官し琉球銀行に勤めた。海上自衛隊勤務の經驗を生かした活動を展

開しているほか、グロリア・ビジネススクール校長、拓殖大學客員教授、

沖繩國際大學非常勤講師を務めてゐる。現在、八重山日報論説委員長。

との經歴を持つ講師である。

 話は聞き手を飽きさせる事のない話術をもつて今迄になひ興味ある話で

あつた。

 沖繩の歴史に就ては十數年毎年沖繩を訪れたが琉球王朝が有つた事、

大東亞戰爭當時激戰の地であつた事、戰後長い間亞米利加の統治下に

あり返還されるまで日本として扱はれず未だ何處かに疏外感を持つ者まで

ゐると云ふ事ぐらゐである。勿論小生は親しみを持つ事は有つても疏外感

は持つてゐない。小生は沖繩に親しみを持つものゝ此れ位の知識のみで

ある。

然し驚いた事に沖繩出身の御仁でも一般的には小生と變はらぬ程度の知

識との事である。

 惠講師の話では琉球王朝は現在の北朝鮮に近いものがあり可也極惡な

條件の元に琉球の民は暮らしてゐたとの事である。亦、戰後沖繩本島の

他大小五百近い島々を露西亞、支那の脅威から守る爲日本側から圖らず

も亞米利加に統治を依頼せざる負へなかつた事實は戰後教育の中、共産

黨が日本教職員組合を使ひ史實を捩ぢ曲げ教へた、否、洗腦したもので

あると云ふ。

 戰後全く力のない日本は本土から離れた沖繩を守る爲に苦肉の策として

亞米利加に委託したものであり戰後復興に知られぬ亞米利加の貢獻が有

つた事をビデオ放映を加へ詳しく説明してゐた。醫療の乏しい沖繩に看護

大學をつくるため盡力した亞米利加人女性がゐた事、娯樂のない子供達

に野球を教へチームを作り道具を寄附、グランドを整備、颱風の爲壞され

た學校を修理、又、教育資金を募金で集め寄附した亞米利加軍將校がゐ

た事。その他樣樣なインフラに貢獻してゐた事は全くと云ふ程に傳へられ

てゐない。

現在、沖繩米軍基地問題で強行發言を繰り返す現仲井間知事は小事に拘

り大事を忘れ、一部の沖繩を重視し日本国家の國益に目を向ける事が出

來ず、共産黨、同和・左翼團體其の後ろに支那の脅威が有る事すら見え

ず其れ等に猿廻しの猿の如く操られる大馬鹿者であり、確かに現知事で

ある以上沖繩を重視する事は必要である。然し、沖繩縣民である前に日本

國民である事を忘れてゐる。沖繩の人間として恥かしいと公言する。

 沖繩の事は餘りにも知らぬ事ばかりで唯唯驚くばかりであつた。

 二部では惠講師と砂澤陣氏の對談であつたが是の砂澤陣氏は「アイヌ

の芸術家」と云ふ枠に嵌められる事のない木彫を専門とする日本の彫刻

家、砂澤ビツキの息子として生まれ、有限会社アトリエ・ビッキを設立し、ビ

ッキ文様を継承した砂澤陣が自ら作る食器などの工芸品の製作する工藝

家である。然し、彼自身もアイヌの血を引く人物で有り乍ら現代アイヌの差

別撤廃運動「北海道アイヌ協會」と利権に群がるアイヌ団体と部落団体・

在日団体との癒着を追及する。

 北海道アイヌ協会札幌支部に、一會員として、修學資金問題、不正經理

問題で、質問状を提出するも、砂澤陣は「札幌支部」を除名される。此のや

うな經歴を持ちアイヌ協會の共産黨、同和・左翼団体其の後ろに支那の關

はり問題を通しアイヌの尊嚴、日本國民の尊嚴について幅廣く活動してゐ

る人物である。

 是の二人の對談を通し沖繩、北海道に日本國民の知る事のない支那、

露西亞の脅威が日本の共産黨、同和・左翼團體を通し迫つてゐる事を強く

感ずるものであつた。

亦、砂澤氏とは講演後尠い時間ではあつたが話をする事が出來た。

小生の故郷夕張にも支那の脅威が迫つてゐるとの事。株式会社アクリフ

ーズ( 雪印集團食中毒事件による經營惡化から、冷凍食品部門を分社化

した子会社「雪印冷凍食品株式會社」として設立 「株式会社アクリフーズ」

に社名変更。ニチロ(現・マルハニチロ食品)により買収され、同社の連結

子会社となる)が夕張工場を造り支那人を多數雇ゐれてゐる。更に株式会

社ツムラも同じく夕張工場を設立大勢の支那人を雇ゐれてゐるとの事、單

なる勞力補強の爲めならば良いが、是れまでの日中外交を觀れば全てと

云へる程に同じ事が繰り返されてゐる。始のうちは民間人、其の民間人を

守る爲と誦して、軍若しくは國家機關が入り込み主權を侵害更には奪つて

しまふ事もある。此の事は南西諸島の島々フィリピンの島を奪つた手口と

全く々であると云ふ。

 此の事は後に夕張の友人阿倍広昭氏に問ひた處、事實であるとの事。

始のうちは日本語が達者な美人が多く夕張の住民にも受けが良かつたが

三~四度入れ替つた後は質の惡い者が多く來てゐる。兔に角行儀が惡い

との事である。今後どのやうに成か危惧してゐると云ふ事であつた。




 今囘の講演會では誠良い勉強をさせて戴

いた。

  惠隆之介氏、砂澤陣氏御二人の講師は

勿論の事、御誘い戴いた旭日會中館洋順

會長そして同行して戴いた河原會長に深く

感謝するものであつた


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by iamhide3897 | 2013-04-16 22:12 | 報告 | Comments(0)