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カテゴリ:ぼやき( 70 )

オバマ廣島訪問

オバマ亞米利加
 大統領廣島訪問


紀元二千六百七十六年五月二十九日
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 オバマ亞米利加大統領は現職大統領として初めて被爆地廣島を訪問した。
 平成二十八年五月二十七日伊勢志摩サミツト最終日から歸國するまでの間に廣島を訪れた。
 唯一原爆を投下された國、日本の被爆地は長崎、廣島とあるが、今囘廣島を訪問したのである。
 此迄に無い、異例の訪問は米國國内にも樣樣な問題と多くの反對が有つた。亦、大東亞戰爭(原爆投下問題)を拂拭する爲には、避ける事の出來ない事として訪問を薦める動きも有つたやうだ。然し、結果的に日米兩國共に贊否兩論あつた中、訪問後の世論は好意的に受け止められてゐる。
 今迄は、兩國共に互の正當性を主張する而已であつたが、近年は兩國共に若い世代で極く稀に其の正當性を疑問視する動きが視られるやうに爲つて來た。此のやうな時期に訪れると云ふ事は、國の先驅者として大きな豫測の附かない危險を伴ふと云ふ事である。
 米國ではアメリカ人の命を一人でも失ふ事を避ける爲、戰爭を早期に終らせる必要があつた。其の爲の原爆投下であり有效且つ正當で有つたと教へられてゐる。此の教へに疑問符を投げ附ける事となるのだ。
 亦、日本では原爆投下は人體實驗だと云ふ風潮が多くあり頑強に謝罪を求める聲も尠くない。然し、其れ以上に多いのは、投下した投下されたではなく核兵器の恐ろしさを知り核兵器を無くさうと云ふ聲である。
 現に、オバマ大統領の平和公園にて行はれた書翰聲明では謝罪は無く。核を無くす事に第一歩を踏出さうと云ふ言葉を發した。

 先日、盛道烈士會盛會長とオバマ大統領廣島訪問に附き話したばかりであつた。日米共に正當性を主張する訪問反對の聲は、共に自國の主張に過ぎず全く視野の狹い事である。戰後七十一年が過ぎ、世界平和を考へれば如何に核兵器を削減して行くかが問題なのだらう。
 其の爲に、危險を伴ふ重い腰を上げたオバマ大統領に先づ敬意をはらう可きであり、良も惡しきも受け容れ日本の風土傳統文化に照し合せ、改善して來た民族の教へに從つた被爆者のオバマ大統領へ發した「間違へたのは貴方では無く人類が間違へたのだ。正す爲に努力しませう」此の言葉を口にした被爆者の矍鑠とした姿が印象的であり、皇祖皇宗の教へに感謝す可きと云つてゐるやう拙生には見えた。

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 オバマ大統領廣島訪問は、當初の日程其の他は明確にされず如何なる事に爲るのか不安視された。然し結果は豫想外の好印象であつた。
 確かに忘れる事の出來ぬものでは有るが、過去に捉はれる事無く世界の平和と云ふ大きなものへ向ひ共に歩み寄る可きであり力を合せる可きだと感ずる。









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by iamhide3897 | 2016-05-29 22:19 | ぼやき | Comments(0)

出雲大社參拜

御霊祀り・初詣
出雲大社相模分祀
初詣參拜


紀元二千六百八十六年一月三日

 本年度初の御霊祀りが執り行はれた。
殘念乍ら間に合ふ事が出來ず、不義理を働く事となつてしまつた。
 年の始めから此のやうな事では今年一年不安になる。然し、遲れてしまつたが、本殿大國主命竝び祖靈社に祀られる相原修大人命、山口彌吉郎大人命へ感謝の誠を捧げ參拜する事は出來た。

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拙生は下戸なので手にするカップは甘酒である。
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    幽冥神語

幽世の大神憐給ひ恵給へ
幸魂 奇魂 守給ひ幸給ひ
幽世の大神憐給ひ恵給へ
幸魂 奇魂 守給ひ幸給ひ
幽世の大神憐給ひ恵給へ
幸魂 奇魂 守給ひ幸給ひ



かくりょのおおかみ、あわれみたまひ、めぐみたまへ
さきみたま、くしみたま、まもりたまひ、さきはひたまへ
かくりょのおおかみ、あわれみたまひ、めぐみたまへ
さきみたま、くしみたま、まもりたまひ、さきはひたまへ
かくりょのおおかみ、あわれみたまひ、めぐみたまへ
さきみたま、くしみたま、まもりたまひ、さきはひたまへ













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by iamhide3897 | 2016-01-04 01:43 | ぼやき | Comments(0)

初詣

明治神宮參拜
靖國神社參拜


紀元二千六百七十六年一月二日

 宮城參賀を終へ靖國神社參拜と爲るのが一般的ではあるが、數年前或る御仁が靖國神社參拜の前に創設者である 明治天皇を參らずに靖國神社參拜とは英靈も認める事は無いと云はれ、其以來明治神宮を參拜してゐる。

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明治神宮は例年に比べ少しばかり人出が少ないやうに思える
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 偶然靖國神社にて愛國黨中川兄と出會ふ
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by iamhide3897 | 2016-01-03 01:05 | ぼやき | Comments(0)

御挨拶

恭賀新禧

 皆様、恙なく新春を御迎えの事と
謹んで御慶び申上候。
 本年も在來はらぬ御高配賜りますやう
御願ひ申上候。

紀元二千六百七十六年   元旦

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by iamhide3897 | 2016-01-01 00:47 | ぼやき | Comments(0)

開戰記念日

大東亞戰爭開戰記念日

紀元二千六百七十五年十二月八日
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 昭和十六年十二月八日心ならずも日本は大東亞戰爭開戰に至つた。此の戰爭は、止むに止まれぬ戰ひで有つた事は「大東亞戰爭開戦の詔勅」を視れば歴然とするであらう。
 現在騷がれてゐる安保關聯法案は、大東亞戰爭敗戰と同じ轍を踏むやうな事のなひやうと考へられたものと判斷する。
 大東亞戰爭開戰に至つた事は決して誤りでは無かつた。御國の面目を護らむが爲、止むに止まれぬ事で有つたのは儼然たる事實である。
 然し乍ら敗戰に至つた事は「詔勅」に叛く者が爲め誤ちが招じた事も事實であり、現在日本を取卷く世界情勢は當時の状況に酷似して來てゐる。依つて絶對に其の轍を踏まぬやう政治は日本の舵取りをし國體を護り拔かねばならないと進言する。

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by iamhide3897 | 2015-12-09 00:24 | ぼやき | Comments(0)

狡猾極はまりない習近平

狡猾極はまりない習近平
支那の走狗馬英九の畫策


紀元二千六百七十五年十一月八日

今臺灣に於て「臺灣を救つた戰神」と云はれた元陸軍中将根元博の功績が無駄に失はれやうとしてゐる。
大東亞戰爭終戰後支那は、蒋介石率ゐる國民黨軍と毛澤東率ゐる人民解放軍の内亂にあり、内亂に乘じて火事場泥棒の如く國を掌握した毛澤東は蒋介石率ゐる國民黨軍を臺灣へ追ひやり、尚も撃滅せむと攻撃の手を強めてゐた。
蒋介石は終戰時、北支那方面の三十五萬将兵の復員と在留日本人四萬人の内地歸還を認め薦めてくれた恩ある武人としてゐた根元博はGHQの目を掻い潛り臺灣へ密航、劣勢にある蒋介石軍を根元は臺灣名「林保源」と變へ軍暦を生かし勝利へと導いた。其の結果現在の民主主義臺灣がある。
其の臺灣を今、馬英九は世界中が認める火事場泥棒支那へ賣らうとしてゐるのだ。

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by iamhide3897 | 2015-11-08 08:00 | ぼやき | Comments(0)

平塚總合公園

朝の日差しに誘はれて

平成二十七年十一月七日(土曜日)
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 朝の日差しに誘はれて、秋を味はふ爲めに平塚總合公園へ行つて見た。
 驚く事に本日は、湘南JAが主催する「でてこいや祭り」が催されてゐた。農協の祭とあつて農業從事者が主體になつて行はれてゐるやうだ。
 樣樣な催し物には子供達を有頂天にさせるものもあり、公園内には多くの子供が訪れてゐた。中には中央ステージにて行はれてゐた各地區JA婦人部のダンスに合せ、身振手振で腰を振り踊つてゐる幼兒がステージ上の婦人部より注目を浴びてゐた。一歳七ケ月のゆきちゃんと云ふさうだか誰もがゆきちゃんを觀て頬を緩めてゐた。
 本日は、久し振りに何も考へる事無く頬を緩め和む事が出來た。
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by iamhide3897 | 2015-11-07 17:18 | ぼやき | Comments(0)

靖國神社とは

靖國神社

紀元二千六百七十五年八月十六日
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 昨日、七十周年の終戰の日に當り現在の平和を殘す爲、尊い命を散華され戰つて戴いた英靈の御靈へ感謝と鎭魂の誠を捧げる爲、英靈が祀られる靖國神社へ參拜。
 抑も此の靖國神社は、江戸時代の幕末、長州藩に結成された奇兵隊士の霊を弔ふ爲めに、高杉晋作が招魂社造營を發議した事に始る。其の後、戊辰戰爭の後に、官軍(薩摩、長州、土佐、肥前四藩)将校の招魂祭を江戸城で行ふと共に、京都東山で官軍の戰死者を祀つた。
 此を機に、幕末、明治御維新期の戰歿者を慰霊、顕彰する動きが全國的に活發になり、日本陸軍の創始者である大村益次郎が 明治天皇へ東京に招魂社を創建する事を獻策した。
明治天皇は、現在の東京・北九段に「東京招魂社」を創建し、戊辰戰爭の戰歿者三千五百八十八柱を合祀し、本殿竣工を三年後とした。その後一八七九年に、軍直轄だった東京招魂社は、『春秋左氏伝』第六巻僖公二十三年秋条の「吾以靖國也」を典拠として明治十二年  明治天皇が命名「靖國神社」と改称されたのである。 右記ものは誰もが知り得る所であらう。では靖國神社とは如何なる處であらうか?
 靖國神社に祀られる御祭神は「忠霊」・「忠魂」と當初は稱されてゐたが、明治三十七年から翌年にかけての日露戰爭を機に新たに「英霊」と稱されるやうになつた。
 然れば御祭神を「忠霊」・「忠魂」「英霊」と祀る場なれば粛然たる場で無ければ爲らぬであらう。
英靈は壯絶なる戰ひのなか尊き命を散華され、此の國を護り拔いた。爲れば歸幽された後には靜寂を望むであらう事は相違ない。
 現在を生きる我我日本國民は、常に英靈に感謝と鎭魂を捧げる可きであり、英靈の望む靜寂を如何なる事が有らうとも護る可きであらう。
 其の靜寂の場でなければならぬ靖國神社が、事ある毎に靜寂を破られ罵聲が飛び交ひ血で汚されてゐる。神聖なる場を護らむが爲とは云ふものの喧騒の中心にゐるのが、誠を捧げる可き民族派有志と云ふのは嘆かわしき事であらう。
 確かに戰後七十周年の今年、第二鳥居前で、韓國人が太極旗を掲げるパフオーマンスを行ひ騷然となつた。どのやうな意圖があり行つたかは知る由もなひが、決して好意的行動ではなひだらう。然し乍ら此の韓國人に民族派有志が俄然掴み掛かり排除しやうとするのは如何なものであらう。
 決して此の韓國人の好意は容認するものではないが、境内の中に入り經を大聲で讀む僧侶は許し太極旗を掲げる韓國人は許さないと云ふのは理解に苦しむ。神社が系風を守らんとするならば、僧侶が戰後七十年の終戰記念日に、多くの國民が参拝をしてゐる最中、經を大聲で讀む僧侶を靖國神社が放置してゐる事の方が信じられぬ。 本來、靖國神社の系風を汚す者は神社側の警備、若しくは公安當局、警視廳機動隊が排除す可きであり、我我は飽く迄英靈に對し感謝と鎭魂を捧ぐ可く、粛然たる場を貫くのが民族派の責務と信ずる。


第二參門風景
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by iamhide3897 | 2015-08-16 21:16 | ぼやき | Comments(0)

民族の叫び

大東亜戦争開戦
真実の詩


危急の日に    高村光太郎

「此日天氣晴朗なれども波高し」とあの小さな三笠艦が嘗て報じた。
波大いに高からんとするは何處ぞ。
いま神明の氣は我等の天と海とに滿ちる。
我は義と生命とに立ち、彼は利に立つ。
我は義を護ると云ひ、彼は利の侵略と云ふ。
出る杭を打たんとするは彼にして、東亜の大家族を創らむとするは我なり。
有色の者何するものぞと彼の内心は叫ぶ。
有色の者未だ悉く目さめず、憫むべし。
彼の願使に甘んじて共に我を窮地に追はんとす。
力を用いるは我の悲しみなり。
悲愴堪へがたくして、いま神明の氣は我等の天と海とに滿ちる。

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by iamhide3897 | 2015-07-11 11:17 | ぼやき | Comments(0)

正しき發想點

「 凛として愛」を
   更めて見る。


紀元二千六百七十五年七月十一日

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 今囘、備中處士翁の電信書を觀て再度「凜として愛」を尊皇派末席の一人として觀た。
 正直な所、摂生も備中處士翁の茫然自失する二人の右翼同然、永遠の零を観て感動した事は事實である。然し乍ら彼等二人と拙生の感動は違ふものと思ふ。命の尊さを訴へる作風は理解するも稱讚するに値しない。然し作品の裏側に追ひやられた其の尊い命を子子孫孫に日本の國體、民族の魂を繋ぐ爲め散華させた先人英靈の思ひに感動。涙すると共に己の腑甲斐なさを思ひ知らされた。
 此の作品は、家族の爲にと云ひ乍ら一個人の願望を充たす爲の戰ひであり戰後GHQにより美名の基に與へられた民主主義に訴へるものである。決して國體を守るが爲、日本古來の民族精神に訴へるものではない。
 神國日本の儼然たる民族の忠義心、神代から連なる國體を守る爲、癈ひては家族隣人を守らむが爲め、尊い命を散華された靖國神社に祀られる英靈御靈の魂の戰ひに感動したのだ。
 國民を守る爲、國家を守る爲めと發想點が違へば全く違ふものになる。國民を守る事と國家を護る事は全く違ふ。敗戰の後、打拉がれる國民に民主主義と云ふものをGHQに依つて美名の基に導入、個人を否定する惡辣な戰ひを國民に強ひいた戰爭であつたが如く洗腦したのである。
 極東軍事裁判に依つて捏造された歴史を基に作られた現行教育に惑はされる事なく命を以て我我現代に生きる者を守る為國の歴史、傳當文化守り頂いた先人の御靈を信ずる事が此からの日本を創る事に繋がる。
 戰爭に負けると云ふ事は云はれなき罪をも着せられる。亦、敗戰國の悲慘な宿命なのかもしれない、然し日本の悠久の歴史を顧みれば幾多の國難をも勇氣を以て克服して來た國であり民族である。此の事を厳しくも再認識させられたものである。
 我我臣民は、尊皇崇國の信念の下物事に對處する事で自づと先人の意思を繼ぐ事となるであらう。

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by iamhide3897 | 2015-07-11 10:25 | ぼやき | Comments(0)