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カテゴリ:旅 日記( 29 )

登山

大山路
遊學登山


紀元二千六百七十六年三月三十一日

本日も小林同士の妖精を求めて怪しき登山

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山の空気は心豊かにする。
巷の喧騒は虚しき事柄にて山の空気に洗い流せ。
出来れば美しい妖精に逢えれば更に嬉しき出来事とならう。
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by iamhide3897 | 2016-03-31 12:32 | 旅 日記 | Comments(0)

登山

丹沢山路
  遊學登山

     
紀元二千六百七十六年三月二十二日

小林 弘典 同士  山ガールを求めて怪しき一人登山

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by iamhide3897 | 2016-03-25 12:19 | 旅 日記 | Comments(0)

南紀遊學

南紀遊學

紀元二千六百七十六年二月十三日

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 南紀串本にて療養中の盛會長見舞ひを兼ねて、小林同志と共に串本周邊散策して來た。
 吉野熊野國立公園天然記念物に指定される橋杭岩は和歌山縣東牟婁郡串本町にある奇岩群。同町の大字鬮野川 (くじのかわ)小字橋杭の海岸から紀伊大島方面へ大小約四十の岩が南西一列に凡そ 八百五十メートルもの長きに渡つて連續してそそり立つてゐる。亦、冠水時には紀伊大島迄徒歩にて渡れると云ふ。
 日本の食糧事情を鑑みて近畿大學が研究してゐる鮪の養殖場を見學したく、行つて見るが職員の話によれば事前豫約が必要との事、殘念乍ら外見のみ見學と爲つた。
 本州最南端潮岬は和歌山縣東牟婁郡串本町に屬し、太平洋に面する岬。 北緯三十三度二十五分五十九秒東経百三十五度四十五分四十五秒に位置する。天候さへ良ければ絶景を望む事が出來ただらうが殘念な事に小雨が舞散る全くもつて無念。
 因みに本州最南端に設けられた公衆廁(御手洗)、和歌山縣の公衆廁は知事の公約で全てウオシュレットにしたとの事である。

 翌十四日、歸路途中三重縣津市にて、若かりし頃より御高配に與る大日本誠心義塾顧問、平田安幸大人宅へ伺ひ御高話を賜り、身に餘る御接待を受ける。

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by iamhide3897 | 2016-02-14 23:40 | 旅 日記 | Comments(0)

紀州某山奥體驗

紀州某山奥體驗
非常時體驗ツアー


紀元二千六百七十四年十一月廿一日~十一月廿四日
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 今囘の紀州某山奥體驗は小生にとつて三月以來久し振りになる。
 亦、小生が魚屋稼業を生業にしてゐた時分の知合ひ、那智勝浦で魚の加工販賣をしてゐた龜本和昭氏に二十年振りに會ふ事が出來た。と云ふのも某山奥には電氣、ガス、水道と云つたライフラインはなひ、當然生鮮食品は取置く事は出來ず干物を使用する事に爲る。そこで昔の知人へ干物の入手を依頼したのである。
 小生は北海道出身、秋刀魚等の魚に關しては鮮度の良いものを食し育つた事もあり、二十年程前に龜本氏に秋刀魚の丸干しを薦められたが、脂の落ち切つた秋刀魚など食べられないと云つた事がある。
 秋刀魚は囘遊魚で根室沖から襟裳岬を下ると脂ののりが一ランク落ち、金華山沖で又一ランク落ち、更に銚子沖で一ランク落ちる。北海道育ちの人間からすれば和歌山沖迄下つた秋刀魚は到底脂はなく食べられたものではないと思ふのである。
 然し乍ら、乾物は脂があつては旨くないなひやうで餘り脂のない和歌山沖迄下つた秋刀魚が最適のやうだ。騙されたと思つて食べてみろと云はれ食してみれば美味。以來其の味を忘れられなく爲つてゐた。
 今囘、旅の食料として人數分の倍、秋刀魚と鰺を作つて貰ひ、某山奥へ持込んだが朝食と夕食で六十枚の乾物が全て食べ盡された。驚きである。
 因に河原氏は其の旨さに龜本氏へ即時注文をした程である。

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 久し振りに體驗基地へ行けば、鹿、猪、猿等の動物被害に驚く。畑の作物は全て芽を食べられ枯れてゐた。夫々に櫻の苗を植たが其も皆芽を食べ盡され悲慘な姿と爲つてゐた。 鳥獸柵と網はしてゐたが、柵の下を掘つて侵入、櫻は身體で柵を押し芽を食べると云つた方法で全て食べられてゐたのだ。


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盛、現場監督指導の下工事は着々と進む。
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 山での晝食はカレーライス而もジャワカレーとバーモントカレーにデミグラスソースそしてジャガイモと人參玉ネギは北海道富良野産、肉は國産とまでは行かずオーストラリア産切り落し豚肉二キロで作つた。更に旨さを増すのは空腹と新鮮な山の空氣と云つた最高の調味料なのだ。
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宿の女將が偶には歌でも歌つて樂しく過す時間もいいとカラオケに誘つて戴いた。
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 河原、志賀、大岩三氏は健康の爲め登山道を作つてゐた。敢て道を造らずとも此の山に來る事で健康は保たれると思ふのだが。
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 二日目の晝食は玉ネギを飴色になるまでオリーブオイルで炒め牛豚相挽き肉を加へ確り炒めたところへマーボー豆腐の調味料一煮炊きしたところへ豆腐六貼を骰子切りにし加へて味が染み込めば完成。
 全員丼二杯以上を食べてゐた。
 料理の腕は如何程か解らぬが山の空氣と自然が多少不味くても旨く思へるものである。
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 一仕事終へた夕食後は、思想談義に時間も忘れ。
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 額に汗して働いた後の笑顏は皆素晴しい。
 一時は再起不能とまで云はれた程の怪我をした盛會長の血色も良く、明い表情は周を明くする良い傾向であつた。
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by iamhide3897 | 2014-11-30 21:44 | 旅 日記 | Comments(2)

蛸釣り

東京灣
自然と歴史を巡る


紀元二千六百七十四年八月三十一日

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東京灣明治期の首都防衞史跡海堡を巡り先人の智慧に學ぶ。
其の後、時局對策協議會會員他關係者の親睦を深める可く蛸釣りに勤しむ。
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by iamhide3897 | 2014-09-01 19:04 | 旅 日記 | Comments(0)

ふらり

小林弘典
ふらり遊學箱根旅
第二談

紀元二千六百七十四年六月十三日

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今囘も又、ふらり旅だつたやうだ。夕方聯絡があり行つても良いかと云はれ、良いと云へば數十分で來た。聞けば箱根の歸りだと云ふ。前囘は箱根本宮へは天候が惡く行けなかつたので今囘行つて來たとの事であつた。
前囘は社の寫眞が無かつたが、今囘は澤山の記録を殘して來た。

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by iamhide3897 | 2014-06-23 14:43 | 旅 日記 | Comments(0)

ふらり

小林弘典
ふらり遊學箱根旅


紀元二千六百七十四年五月二十四日

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 先日關東不氣味三人衆と稱して南紀の旅へ行つて來たばかりではあるが、目覺めと同時に行つてみたく爲つたそうな。
やはり不氣味三人衆の一人である。つい行つてみたくなつたとふらり箱根に行くなど到底普通は考へないであらう。其も觀光地ではなく神社なのである。彼は決して信仰的に信心深い信徒ではなひが日本人として當然の行爲として神を信じてゐるやうだ。其にしても朝目覺めて箱根と思ふだらうか。兔にも角にも全ての神は天照大御神へと繋がる。當然箱根神社に祀られる神も繋がるであらう。
然し乍ら、何故か撮つて來た記録寫眞は神社が一枚もない。古の箱根路に茶屋と遙かに望相模灣であつた。
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by iamhide3897 | 2014-05-26 14:17 | 旅 日記 | Comments(0)

南紀社巡り

南紀社巡りの旅


紀元二千六百七十四年五月二十一日~二十三日

時對協関東不気味三人集と勝手に命名し紀州熊の路を旅する事と爲つたやうだ。
皇道民族連盟,近藤勝博氏、同血社下山陽太氏、愛倭塾小林弘典氏奇人變人の三名である。

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此の関東不気味三人衆の旅に同血社河原會長が追尾し影の支援、若者の育成に勤めていた事が後に報告された。
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by iamhide3897 | 2014-05-24 22:25 | 旅 日記 | Comments(0)

紀州某山奥體驗

紀州某山奥體驗
非常時體驗ツアー



紀元二千六百七十四年三月廿日~三月廿四日


 今囘の體驗旅行は各地から樣樣な有志大勢が參加する事と爲つた。關東からは二十日深夜平塚に八名が集合出發した。
途中三重縣にて一名合流し、目的地にて四名が合流兄十三名の體驗ツアーと爲つた。
二十一日
 當然の事だが暫く振りの體驗地への道程は嚴しいものだ。林道には倒木や落石と云ふより岩が横たはり行く手を阻む。若手數人が直ぐ樣排除に向ふが、倒木は排除出來たが岩は流石に人力では排除不可能。結局時間は掛かるがハンマーで破碎し排除する事と爲つた。普段より倍くらゐの時間を掛け目的地到着。

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倒木排除
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 可也大きな落石に一苦労
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 結局時間は掛かるがハンマーにて人力破砕
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 可也小さくして後はガキも人数、力を合わせてエーンヤコーラ
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腹が減っては戦は勝てぬ。
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 腹が減つては戰は出來ぬと先づは食事の用意。因にコンビニ弁當の如く腹が膨れゝばそれで良しと云ふ餌とは違ひ、どんな場合に於いても食は人間の元となるものである。食した者が笑を浮べ幸せを感ずるものでなくては爲らない。更に簡單に出來て美味しいものと爲れば豚汁以外にないであらう。尤も非常時に此だけの食材が揃ふ事もなひであらうが、其は勘辨して戴くとして參加者の笑と腹を滿たすにはと調理に掛かつた。
 豚汁が出來上つた頃には餘程腹が減つたのか只默々と食べる。
 食べる食べる食べる一人頭丼に三杯から五杯を食べ二十七リットルのずんどう一杯に作つたが三分の二程を食べてゐた。

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 暖かい豚汁は空きつ腹に優しい。皆満腹になるまで二杯三杯とお代わりの続出。
山の空気が美味なる調味料なのだ。旨~い

二十二日
 翌日は素晴しい瀧があるとの事で民宿御主人の案内にて見に行く事となる。
 瀧は中津谷の瀧と云はれ山道と云つてはゐるが獸道の如く嶮しい道である。約十五分との事であつたが十五分では辿り着く事は出來なかつた。途中川らしきものが見られたが水は流れてゐない。登るに連れて尠しづゝだが水が流れてゐた。時季によりより水量が多い時には流れてゐるのだらう。水量の尠い時には全て川底に沁み込み川が消えてしまつてゐるのだ。

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 瀧の妖精との事だがへつぴり腰で可也怪しい妖精とは到底云へない。と云ふより妖怪と云つた方が適切であらう。而も金槌との事で瀧壺には近寄る事が出來ない。笑へる妖怪である。

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 瀧から戻る途中川の流れが消える。
瀧からの流れを考へると吾の豐富な水は何處へ行つたのか。
 然し、此の景色を觀る限り水量の多い時季には、やはり川となり流れてゐるのだらう。

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徐々に水量が少なくなつて行く、川の水は?

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ついに川の水は消へた。

 此の地域の中に大小合せ可也多くの川が有るが消えてしまふ川は稀であるとの事だ。屹度地下へ流れ大きな川と合流してゐるのだらうか。
 今囘の旅は不思議な體驗をさせて戴いた。地下に沁み込む川。阿知等此方から湧き出る湧き水。人間の大切な生きる爲の源が好むと好まざるに關はらず消えたり現はれたり大自然は凄い。
































































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by iamhide3897 | 2014-04-28 17:28 | 旅 日記 | Comments(0)

紀州某山奥體驗

紀州某山奥體驗
非常時體驗ツアー



紀元二千六百七十三年十一月二十九日~十二月二日

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十二月一日から二日
 今迄に耕した畑が、鳥獸に荒されてゐた。犯人は誰だ。鹿、猿、兔、猪の何れかであらう。郷に降りて地元住人に聞けば更に穴熊もゐるさうだ。だとしても悔しい。
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 畑は荒れ地を耕し鳥獸ネットを張り保護したのだが、意圖も簡單に破られ荒されてゐた。然し何故か葱だけは荒されず其の儘芽吹いてゐた。葱嫌ひの小生には何故か親近感を覺える。
 因に以前、中村敦夫と云ふ俳優が木枯し紋次郎の撮影で葱畑と知らず飛込み氣絶した。と云ふのも小生同樣無類の葱嫌ひだつたとの事。餘り好きな俳優ではなかつたが、好きになつた。
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 常住坐臥、如何にも素人集團が作つた畑であると知らされたのである。立て札をした處で獸には何の效果も無い、ならば如何する。郷民に聞けば鹿は丈夫なネットを一メートル五十程の高さで圍へば氈鹿以外の鹿には良いとの事だ。此處の所暫くは氈鹿は見ていないので大丈夫との事である。然し、猿は簡單に中へ入るので屋根のやうにネットを張らなければならない。而も齒が強いので鳥用では全く效果は望めないとの事。亦、猪、穴熊はネットの下から穴を掘つて侵入するので、穴を掘れない樣に板やブリキ等を敷く對策を講じなければならないとの事であつた。
 今囘は對策資材が無いため斷念しなければならなくなつて仕舞つた。
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 資材搬入道路建設と近藤庵への道を作らねばならない。今迄使用してゐた搬入路が廢物不法投棄と云ふ不屆き者がゐる爲めに使用出來なくなつて仕舞ふ可能性が出て來た爲めである。よつて先づは資材搬入道路へと着手するが、思ふやうに捗らず難儀する。山の木々を伐採した廢材が山のやうに積まれ、更に雜草が覆つてゐるうへに蔦が絡まつてゐるのである。先づ雜草を刈り、廢材と蔦をを切斷、漸くユンボの出番である。此處で山川氏の活躍が期待されるのである。河原氏曰く昨日までは、寢てゐるか食べてゐるか、只の肥滿體だが此處に來て作業が始れば彼の獨壇場で指示に從ふだけである。普段と全く別人の如く驚く程に活躍するのだと云ふ。
 流石に山川氏の作業は速い、山際に道を附けやうと思つたのだが、くぼみに爲つてゐる上に廢材が可也の量入つてゐる。其の上に更に盛上げて積んであるのだ。此では餘りにも時間が掛かるだけではなく山側の斜面から廢材が崩れてくるであらうと判斷、山際ルートは斷念した。
 ルートを切り換へ川沿ひに道を開く事とし資材搬入道路建設に再挑戰、河原氏の云ふ通り山川氏の獨壇場である。現場監督山川氏の指示に從ひ作業を夫夫が行つた。

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by iamhide3897 | 2013-12-05 22:33 | 旅 日記 | Comments(0)