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清流の味覚

清流の味覚鮎
桐生梁


皇紀二千六百七十二年八月二十七日


 例年通りに桐生市において阿形充規先生の主催にて清流の味覚鮎を味はふ會が開かれ御招待に與る。
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頭山興助先生と
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 阿形充規先生を囲み
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目代氏
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左 木川氏 右 近藤氏
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阿形充規先生と頭山興助先生を囲み集合寫眞。
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 天候にも頗る恵まれ、暑くもなく寒くもない川面の心地良ひ風を受け清流の美味に舌鼓を打つ。
昨年も阿形先生の御招待を受け、御邪魔した事で味をしめ今年も遠慮なく御邪魔する事となつた。
阿形先生、大日本朱光會皆さんの御配慮に深く感謝040.gif

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by iamhide3897 | 2012-08-31 11:46 | 報告 | Comments(0)

定例演説会

第七十五囘定例
西葛西驛南口演説会


皇紀二千六百七十二年八月二十六日

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協力團體
 同血社

登壇辯士
愛倭塾      青木 仁志 辯士
愛倭塾     石塚 孝男 辯士
日乃丸萬歳社代表 中野 正利 辯士
日乃丸萬歳社
事務局長 丸山 登志雄 辯士
愛倭塾   平田佐喜雄 辯士
同血社中央行動隊 島田 栄造 辯士
愛倭塾 山口 秀明 辯士


此處數日の報道を見れば韓國大統領李明博の日本に對する挑戰とも云へる竹島上陸、 天皇陛下への不敬発言は無禮此の上もない暴言であり日本國民の感情を逆撫でる言動と取上げ盛んに國民の鬪爭心を煽るものである。亦、韓國だけではなく支那までもが、愛國無罪を掲げ反日デモを各地に於いて行ひ日本製品を破壊し、道行く日本車を手當り次第に破潰する等、常軌を逸する行動を起こし、更には似而非活動家を使ひ尖閣諸島への強硬上陸領有權主張は日本國を愚弄する行爲であると云はんばかりに國民感情を煽り立てゝゐる。
然し、此處近年の近隣諸國國内情勢を見れば、非常に緊迫してゐるのが見て取れる。つまり自國の國内輿論を他に向け國内の安定化を圖る目的の爲め起されたものである事が解る。報道でも云はれるやうに李明博は大統領任期滿了と共に金權スキヤンダルにより逮捕されると云はれる。亦、實兄が逮捕されると共に身内の金權スキヤンダルも浮上し、指示率は前代未聞と云はれる低下である。此の状況を打破する爲め起した行動言動は常軌を逸したものと云はざる得ない。一國の大統領としての發言は當然の如く、政策擔當者若しくは取卷と云はれる直近の事務方が吟味するであらう。今囘のやうな行動言動は當然諫められた事であらうが、思附きで擔當者や事務方への相談なしに執つたものであらう。國を背負ふ一國の大統領として執る可き行動言動ではない。
支那の反日デモは支那共産黨の主導の元に行はれた事は以前起きたデモを顧みれば歴然としてゐる。尖閣諸島に不法上陸した似而非活動家の言動を捉へて見れば、彼等は口々に「日本は軍國主義」と叫んでゐる。尖閣諸島の領有權につき歴史の一端でも語るならまだしも時代錯誤とも云へる言動は語るに落ちたと云はざる負へない。反日活動家と云ふ爲らば少くとも日本は如何なる國か研究してゐる可きであらう。更に云はせれば上陸後拘束された似而非活動家の一人は、以前にも報道されたチベツトウイグル地區問題に於いて支那國旗に火をつけ燃す騷ぎを起した人物である。つまりシーシエパード各國の企業を地球環境保護、動物保護を御題目に恐喝する輩と同じく、金錢目的に騷ぎを起す輩に過ぎないのだ。
此のやうな稚拙極はまりない行動を執る國に對し、日本として同じ行動を執るやうな事があれば、やはり、日本も同じレベルであると云ふ事になる。
少なからずも神國日本の臣民で有るならば、低俗な行動を執る者は居るまい。


青木辯士教育に関する勅語奉読
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石塚辯士
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日乃丸萬歳社代表 中野 正利 辯士
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日乃丸萬歳社事務局長 丸山 登志雄 辯士
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 平田佐喜雄 辯士
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同血社中央行動隊 島田 栄造 辯士
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山口 秀明 辯士
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by iamhide3897 | 2012-08-28 10:00 | 報告 | Comments(0)

◎ マラソン演説會

大詔奉戴日


  大東亜戦争終戦を考へる。

   マラソン演説會


紀元二千六百七十二年八月十五日

 八月十五日世間では終戰記念日と呼稱される日である。
呼稱は後の問題として、終戰と云ふならば先づ大東亞戰爭に尊い生命を散華させた英靈に鎭魂の念を捧げる可きである。

 例年八月十五日は大勢の參拜者が訪れ歩くにも困難であるが、流石に午前七時では裕に參拜が出來た。
 後に聽いた事だが、韓國大統領竹島上陸自國領土とアピール、亦、尖閣諸島に支那活動家が上陸し領有權を叫ぶ事件發生もあり國民の感心は大きく影響したであろう。

この事に反應し普段訪れる事のない民主黨議員が參拜する等と稚拙窮まりない行動は支那韓國と同じレベルへ日本國家を貶しめる恥づ可き行爲と云へよう。
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而して、大東亜戦争終戰、・・・武力戰鬪に於いては完全なる敗北である。其のやうな日を普遍的に記念するであらうか。
 記念日を辭書に確認すると、祝日 祭日 祝祭日 縁日 旗日 誕生日 生誕祭 生誕年記念とある。つまり全てが御祝の日と云ふ事である。之は將して正しい呼稱なので有らうか。
 昨年、やはり是の終戰記念日と云ふ呼稱に惱んだ。

 世界中を探しても 天皇陛下の大詔に全ての國民が涙し戦いを終へ武器を置いた國は日本只一國であらう。

神代の時代から受け繼がれる、

天照大御神の天壤無窮の神勅

豐葦原(とよあしはら)の千五百秋(ちいほあき)の瑞穗(みずほ)の國は

是れ吾(あ)が子孫(うみのこ)の王(きみ)たるべき地(くに)なり。

宜しく爾(いまし)皇孫(すめみま)就(ゆ)きて治(しら)せ。

さきくませ。寶祚(あまつひつぎ)の隆(さか)えまさむこと、

當(まさ)に天壤(あめつち)と窮(きわま)りなかるべし。
 

 是の神勅こそ皇國の國體であり、一君萬民、日本民族の精神文化そのものである。是れは大東亞戰爭に於いて、白人の強大な武力を以て捩ぢ伏せたものゝ最もGHQが怖れたものであり、今尚、日本最大の反日勢力、亡靈と化した共産主義露西亞、支那の走狗、日本教職委員組會に依り、古の教へを葬り去らうとされてゐる。

 是の日本教職委員組會は、戰後教育に平和教育と銘打ち。白人社會に對し人種差別撤廢、奴隸撤廢、植民地撤廢等と訴へる極東の非文明國、日本は排除す可き國と位置付け、史實を捩ぢ曲げ惡辣國家と教育、否、洗腦を施し續けてゐるのだ。
 つまり白人の人種差別、奴隸、植民地等等を正當化する爲、如何にも戰が終り平和に爲ると、此處までは百歩讓つて許す事ができても日本精神文化を否定する事には承知出來ない日本人に對し、言葉巧に終戰記念日と云ふものを設定させたのである。
 然し、今一度考へて戴きたい。記念日、數多ある國に於いて樣々な祝が有る。而して戰に破れた祝をする國が何處に有るであらう。絶對に日本民族として受入れざるものである。では如何にす可きであらうか。
 戰に破れた日を祝ふ等と云ふ事は絶對に出來かねる。然し、
天皇陛下が大詔を奉戴した日として記念するならば出來るであらう。

  付け加へるならば開戰の詔に亞細亞の解放が謳はれてゐる。少からずも是の目的は達成されたのである。亦、「敵ハ新タニ殘虐ナル爆彈ヲ使用シテ頻リニ無辜ヲ殺傷シ慘害ノ及フ所眞ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ尚交戰ヲ繼續セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招來スルノミナラス延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神靈ニ謝セムヤ是レ朕カ帝國政府ヲシテ共同宣言ニ応セシムルニ至レル所以ナリ」と玉音放送にあるやうに原子爆彈を使用し無差別殺戮を繰り返す亞米利加軍は日本臣民のみならず世界の文明までも燒きはらうであらう。
 心完成されぬ赤子に危險な武器を持たせば、危險窮まりないものであり、今の亞米利加が其の危險な赤子である。この殺戮を止めるには勇氣ある撤退をせねばならない。つまり勇氣ある英斷が必要であつたのだ。
依つて誇を持つて 陛下の詔を受ける可きと考へる。

天皇陛下大詔奉戴日
として記念する。


マラソン演説會の樣子
主催者を代表し防共新聞社、磯埼玉支局長
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山陰皇道社の有志は日頃竹島問題に拘はるだけに熱く語つてゐた。
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正午に大東亞戰爭に尊い生命を散華させた榮靈に默祷を捧げる。
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 平田理事長、古の教えを熱辯 ↓
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李明博は己の不攝生に追ひ込まれノイローゼに爲つてゐると熱く熱く語る。
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關西大阪から參加の滋賀辯士
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國士館大學の學生松田辯士も熱い若者である。
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側へ行くだけで熱さが傳はる熱血漢、陸奧の熱き有志坂田辯士。
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韓國大統領の竹島上陸、香港の似而非活動家の尖閣諸島魚釣島上陸の報道のせいなのか國民への感心は深く辯士の熱辯に耳をかたむける人々も多かつた。中には暑い中御苦勞樣と扇子をプレゼントしてくれた御仁もゐた。
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by iamhide3897 | 2012-08-16 10:32 | 報告 | Comments(0)

尾張渥美の旅

渥美半島への旅

皇紀二千六百七十二年八月十二日
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 初めて走る新東名高速は新しい事もあり広く上り下りの
坂道も少ない、亦、カーブの少なさに驚きを隠せない。
非常に走りやすい道路ではあるが、居眠りの危険を
はらんだ高速道路でもある。

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 平成二十四年八月十二日愛知縣田原市にある身障者施設蔵王苑へと向かふ。
 若かりし頃の友人と云ふ可きか、將又可愛い後輩と云ふべきかは判斷し難ねるが、兔に角昔から懇意にする人間に會ひに行く事となる。
 數週間前に爲るが、長野縣在住の友人、原山氏より聯絡があり「森君が施設に入れられた」との事、譯を聞けば實母が高齡體調不良にて入院。父親一人では正基の世話が出來ない爲施設に入る事と爲つたとの事である。
 聯絡を貰い、此處暫く小生も正業竝び其の他に追はれ、森正基の近況に目をやることなく過してゐた事を悔いる。
 是の森正基と云ふ人物、小生が以前ハマチ養殖に使用する餌、鰯、鰺、鯖、小女子等々を運ぶ生業をしてゐた時分に、自動車用品店經營の久野靜男氏を通じ知合つた人物である。當時森正基はカメラ小僧と呼ばれる、アートトラツクを追ひ駈け撮影する、今で云へばパパラツチとでも云ふものであらう。
 始めて會つたのは、昭和五十六年十二月の事と記憶する。
 當時、アートトラツクを題材とする雜誌が出囘り一世を風靡してゐた。雜誌に撮つた寫眞を投稿、カメラ小僧同士の寫眞交換、其も金錢目的に行ふ子供が多くゐた爲、小生は撮影を許可せず、亦、雜誌社の取材も一切受入れてゐなかつた。其のやうな時期、久野靜男氏經營の店の前に止めた小生の車にカメラを構へる中學生が森正基だつた。
 森正基への第一聲は「お前何をしてゐる」だつた。そこへ久野靜男氏が「この子は趣味で寫眞を撮り、集めてゐるだけで寫眞を投稿したりお金で交換する等と云ふ子ではない。寫眞の腕も良い子なので撮らせてやつて貰へないだらうか」と云はれた。正直な處、久野靜男氏には世話に爲つてゐる手前斷る術を持ち合せてゐない。仕方なく許可した事が森正基との拘はり合ひの始りである。
 其からと云ふもの撮つた寫眞を久野氏を通じ必ず渡して來たものだ。見れば確かに久野氏の云ふやうに素人目にも奇麗に撮れてゐる。聞けばカメラ小僧と云はれる連中の中でも可也の腕らしく皆、森のことは知つてゐた。
 大學生の時には學園祭に出品すると影繪を數ヵ月かけ制作、見事銀賞だつたと記憶する。定ではないが入選した事がある。其作品は小生の大型冷凍牽引車を影繪にしたものであつた。亦、其作品は現在も猶小生宅の玄關に掲げられてゐる。
 きつと小生が生きてゐる限り外される事はなひだらう。

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向つて左が若かりし頃の小生
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更に月日は流れ、平成三年大型冷凍牽引車を新しく入替へた記念に横濱にて撮影してもらふ。
もう既に時効と爲つたので云ふが、撮影にはとんでもない秘話がある。當時小生は道路公團、警察無線の傍受出來る器材を搭載してゐた。其無線を傍受しながらアマチユウア無線の仲間に依頼し開通間もない横濱ベイブリツチを大黒埠頭パーキングから我々四臺が出た後、海上コンテナ四臺が時間差に出て貰ひ本線上に横一列に雙び止る寸前の微速前進走行をして貰ふ。

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當然本線上は封鎖状態となり撮影の爲本線上を縱横無盡に走り廻る森正基。
約十五分間封鎖状態にし撮影を行つたのだ。
公團、高速隊への通報があり出動要請の無線傍受と共にベイブリツチから退散する。
ベイブリツチは約十五分間にわたり大澁滯と爲つた。ベイブリツチ封鎖撮影は當然の如く無許可、この撮影に逮捕拘束された者はをらず無事終了。今では絶對に考へる事の出來なひ無謀な冒險である。今と爲れば道路封鎖撮影を得手とする石原軍團でもベイブリツチは無理であらう。

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因に寫眞中央白いシャツを着てゐるのが若き頃の森正基(當時大學生)、今囘の主役である。
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向つて森正基の左隣が小生、若かりし頃の一枚である。
右記のやうに小生の若げの至りで、無謀な記念撮影其の他諸々をさせた人物である。
この撮影から二年後と記憶するが彼は交通事故にて不自由な身體となつてしまう。愛知縣豐川を通る度に極力顏を出してはゐたが、生業の變更と重なり此處暫くは無沙汰をしてしまつた。

原山氏は森と同年代の若者であり、以前日乗にも掲載した人物である。二年前の十月十五日カテゴリーぼやきに掲載した新鮮な出会ひに登場する人物である。
原山氏の事は同じ事を二度書く事に爲るので新鮮な出會ひを見て戴きたい。
其の原山氏よりの聯絡に森との疏遠を悔い、施設へ入る事となり寂しからうと勵ましに就く事と爲る。原山氏には森のリハビリを兼ねて、寫眞の遣り取り手紙の遣り取り等等を依頼してゐた。其の中で手紙の住所が違ふ事に氣が附き父親に確認した所入設を確認。
原山氏には以前より森の身體の事は報せてゐた爲、施設へ入つた事を知り居ても立つてもをられず小生への聯絡を惱んだ末して來たさうだ。
未だ見ぬ友人を氣遣ひ、會ひたいと小生に訴へる原山氏。
 二年前森のリハビリを兼ねた友人に爲つて貰ひたいと依頼した事は間違ではなかつた。小生の思つた以上に信頼關係を構築してゐた。驚いたのは父親が原山氏を信頼してゐるやうだ小生も知らぬ事を父親から聽いてゐるやうなのには思ひの外驚いた。
豐川インター待ち合せとしてゐたが、途中新東名と舊東名の合流澁滯に遭ひ、一キロ進むのに十分程の低速澁滯、流石に御盆の歸省澁滯と諦め豫定より十五分程遲れて原山氏と合流。同行の小林氏と挨拶を交し暫く振りの挨拶もそこそこに愛知縣西尾の友人手嶋氏との合流地へと進む。
手嶋氏は當時小生が待合はせに久野氏のお店を指定してゐた事もあり、森とは顏見知りと云ふところである。原山氏との話で勵ましに行くと云つたところ「俺も行く」一言であつた。
手嶋氏と合流は程なく正午といつた所で、施設に着いたら食事時間であらう、面會は迷惑になると判斷、我々も食事を濟ませて向う事とする。
午後零時四十分藏王苑到着、受附けにて面會を申込み部屋へと向ふ、事前に知らせず驚かそうと計畫してゐた。
部屋の扉を開けると、森は此方を向いて横になつてゐた。一瞬誰だらうと云ふ目をしてゐたが、聲を掛けると直に解つたやうで、微かに目を潤ませてゐた。原山氏が長野から駈附けた事に感動したやうで顏が和やかに歪む、唯一動く右手で眼鏡を掛けやうとしてゐたが、思ふやうに行かず中々掛ける事ができない。
眼鏡を掛けてやると原山氏の顏をしげゝゞと見てゐた。森はベツトの中では話ずらゐだらうと、職員に頼み車椅子に載せて貰ひ廣い所で話がしたいと云ふ。
一階の面接所らしき所は、大勢で對話が出來るやうに設備されテーブル椅子が設置されてゐた。
再度、原山氏、小林氏は初對面の挨拶、手嶋氏、小生は久し振りに會ふ事を慶び合ふ。昔話に華が咲き、亦、原山氏は思ひ叶つて顏を見乍ら話が出來る事へ慶びを隱せぬやうであつた。
森の疲を考へ記念寫眞を撮つて御開きとすることゝなる。寫眞は中庭へ出て撮る。原山氏の撮りきりカメラと手嶋氏のデジタルカメラ二臺で撮る。車椅子に乘り乍らも寫眞撮影となると有れ之と結構煩い、皆指示通りに動き無事終了する。
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部屋へと森を戻し職員に頼みベツドへと戻して貰ふ。別れを惜しみつゝも再會を誓ひ別れる。
施設を出て再度皆でコーヒーをすゝり乍ら本日の面會を慶び合ふ。原山氏は餘程嬉しかつたのか、もう既に次囘を考へてゐるやうだ。小生も出來る限り來ると約束し別れる。
原山氏は山越で長野まで約四間時の道程、小生も約三時間半、尤も澁滯がなければの話である。結局御殿場の合流と太郎トンネル事故に影響を受けた為、到着は五時間を要し九時半到着だつた。

此處暫く氣掛かりだつた森正基の近況漸く果せた思である。然し、之で終ではない小生が生きてゐる限りこの思は續くであらう。

本日の旅は觀光とは違ふが清々しい旅と爲つた。

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by iamhide3897 | 2012-08-14 19:23 | 旅 日記 | Comments(0)