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◎定例演説会

第八十一囘定例
西葛西驛南口
定例演説会


紀元二千六百七十三年二月二十四日

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 今囘の定例演説會は不祝儀が重なり參加人員三名と爲つた。當然の如く一人當りの時間は長くなる。そこで平田理事長二度の登壇で時間を稼ぐ。
 辯士夫夫の訴へは樣樣な時局問題を取上げるものゝ決して時局を憂ふるものでは無く、夫夫の問題が何故に起るかを訴へてゐた。メデイアは否日本人全てと云へるであらう。兔にも角にもあら搜し、足の引つ張り合ひ、教員竝びに警察官の早期定年退職は聖職者と云はれる者の執る可きものでは無いとされてゐる。然し其の法案を決めた側に他を思ひやる心が見えたであらうか。何故に日本人は此處まで自分勝手な考へ他を思ひやる心を無くした民族へと落ちたのか。平田辯士、中野辯士は民族の素晴しさを忘れた日本人、大和民族よ蘇れと聲を大にし訴へた。
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 山口辯士は先日の竹島の日を取上げ、領土を奪はれた奪はれたと云ふが奪はれたものは領土ばかりでは無く、奪はれた物の中で最も大切なものは日本の言語であると云ふ。何度も此處で訴へて來たが、終戰當時GHQマッカーサー司令官は日本の道義道徳、民族精神つまり、皇道、神道、信仰心を怖れる餘り神道廢止令を發し、古より傳はる教への書かれた國書とも云はれる書籍全てを集め燒きはらおうとした。然し全てを集める事等到底出來る筈も無く苦肉の策として言語を奪ふ事を考へ附いたのである。つまり其の國書を讀めなくする事を考へたのである。
「現代假名遣ひ」を日本教職員組合と共謀し教育と誦し押付け「正當假名遣ひ」を奪つたつまり日本言語を奪つたのである。日本の眞の姿を見る事の無い教育と云ふ名の洗腦を國民全てに施したのである。結果民主主義なる個人主義が横行し日本の美徳とされたものが薄れ己さへ良ければそれで良しとする傾向が高まつた。それが現代の病巣であらう今こそ「正當假名遣ひ」を取り戻し民族の誇を覺醒させねば爲らないと訴へる。
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by iamhide3897 | 2013-02-26 22:46 | 報告 | Comments(0)

南紀非常時體驗

非常時體驗ツアー
第二段決行


紀元二千六百七十三年二月十五日から十八日



 前囘の體驗ツアーはボクシングに例へれば、ジヤブ否ジヤブ以前のフツトワークと云つた處であらう。今囘の體驗ツアーはジヤブくらいには爲つただらう。
 ガス、電氣水道のライフラインの全く無い生活を體驗し、來る南海トラフ、東海トラフと云はれる大震災が懸念される現在、其の事態に對應出來る若者がどれだけゐるであらうか。前囘は正直な處文明と云ふ便利さに、自然に生きる本能が退化してゐると痛感させられた。となれば當然の如く其の事態に對應しきれず、又二次的被害に多くの犧牲者が出る事は必定であらう。
 此の體驗ツアーを通じ自然に生きる本能を覺醒しどのやうな状況に置かれても生拔く力を養つて欲しい、更に其の經驗を活かし多くの若者へ傳へて貰ひたいものだ。
 小生若かりし頃、と云ふより子供の頃が正しいだらう。北海道夕張の更に山奧に育つた爲め、現代の若者から云へばサバイバル生活をおくつて來たのだ。
 此の山には樣樣な動物が生息するらしい。頻繁に出るのは鹿、猪、猿其の他らしい。而して偶に熊も出るとの事で熊注意の立て札も觀られた。熊と云つても月の輪熊、小生の田舍では羆、日本國内では最大且つ獰猛と云はれる熊と違ひ性格は臆病な動物である。
とは云へ飽く迄野性の熊であり猛獸である事に變はりない。驚かせれば當然襲つて來る事は間違ひ無い、と爲れば先づ勝ち目は無く大きな被害を受ける事必定である。
 鹿等の動物と違ひ遭遇しない事が一番であり、其の爲にはラジオ、鈴、口笛等音の出るものを携帶するのが安全であらう。勿論携帶するだけで仕樣しなければ意味がない。反面他の動物は當然の如く觀る事は出來なくなる。マタギのやうに狩をするのでなければ音を出して歩く事を獎める。
 然し、今囘野營據點へ資材を運ぶ橋を作つてゐた時、河原兄の後ろ約伍メートル位の處を猿が驅拔けた。發見指差し「出た出た猿」と云へば皆何故か指差した方向を見るでなく小生の方を見る。當然誰一人猿を見る事は出來なかつた。
 動物と遭遇する事は、絶景を觀る事と同じく自然と暮らす中で一つの樂しみでもあるが今囘の體驗ツアーは樂しみを目的に來た譯ではない。如何に生拔くかを體驗する爲のものである。
 話しは脱線してしまつたが、戻して今囘は非常事體驗をする爲の據點を作る爲、資材が當然必要となり、運び込む爲めの橋を作らうと云ふ事で來たのである。
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先づは勢揃ひで意氣込と共に記念撮影
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體驗ツアーの安全を祷り地元八幡神社へ參拜
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林道が狹く資材を卸すに手前でユーターンバツクで林道を進む。因に運轉は小生

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先づは木川氏差入の弁當で腹ごしらへ。
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先づ橋を架けるに當り基礎を打込む
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徐々に組み上がる橋
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橋完成迄所要時間約三時間半を要したが先づは初渡り
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橋完成の全貌。木川氏發案にて「新橋」と命名される
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完成した橋は可也の重量にも耐へ得るもので資材を擔ぎ搬入する
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資材搬入を終へて常設には未だ問題がある爲解體する。
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解體した橋は次囘組立てる爲めに順序良く組立て易く積上げて保存する
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一段落し周邊散策、坐禪を組むに最適の岩と河原兄、尤も坐禪は近藤兄がと云ふ
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本日の作業終了と記念撮影
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山から降りて一日の無事を感謝

 據點を作る事は大變な勞働である。皆馴れぬ作業に可也の勞力を費やし疲勞困憊である。
然し此のやうな辛い事ばかりでは長く續くであらう作業は持續性に欠けるであらう。
夜には地元温泉に浸かり英氣を養ふ。

 翌朝地元の絶景を觀やうと一枚岩と瀧を觀やうと云ふ事になり向ふ。途中つり橋を見つけ恐いもの觀たさで渡つて見る。一つ目のつり橋は大きく確りしたものだつたが二目のつり橋は如何にも落ちさうなものであつた。尤も危險立入禁止と爲つてゐた。然しそれも恐いもの觀たさ、いけないと云はれゝばなほの事渡つてみたくなる。此れ人情、否冒險心と云ふ方が罪惡感を薄れさすであらう。
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山自體が一つの岩との事名所一枚岩である
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瀧へ向ふ途中つり橋發見
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つり橋の下はダム、可也の高さがあり約百メーター程で足がすくむ程と云ふ。福田主幹確りワイヤーを離さない
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河原兄橋の上で何かの糞を見つけ猿か熊かと聞くが糞を見ただけでは判らない。こんな高い處へ來るのは猿くらゐだらうと勝手に思ひ込んでゐるやうだ。河原兄一人糞で盛上がつてゐた。
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又々つり橋發見、然し此の橋は可也危險、立入禁止である。厚川氏恐ろしげな振りで片足を床の拔けた穴に入れ皆をからかふ
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續いて木川氏見掛けに依らず結構糞度胸がよい
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馬鹿と煙は高い處が好き、直ぐ後ろの穴に氣附いてゐるのかゐないのか
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目的地への途中崖崩れにて通行止。改修工事に驚く
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崖に貼附く重機・・・・・リモートコントロールで作業してゐるとの事日本の技術も凄い
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瀧を觀る事は出來なかつたが滅多に觀る事の出來ない最新技術に感動であつた



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by iamhide3897 | 2013-02-26 13:13 | 旅 日記 | Comments(2)

紀元節

紀元祭祈祷


紀元二千六百七十三年二月十一日

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 本日は目出度くも御國肇國の日、紀元節である。云はずと知れた 初代神武天皇御即位の日である。
 小生暮らせし相模の國には出雲大社相模分祠が秦野市にあり、紀元祭が十五時三十分から執り行はれた。然し乍ら小生據なく參加叶はず參拜のみと本殿に訪れた。
 社殿前にて宮司の御子息草山副長に逢ひ其の旨告げると、思ひも依らぬ言葉か還つて來た。「ならば御二人にて紀元祭祈祷を執り行ひませう」と云つて戴いた。
 御二人と云ふ事は、偶々和歌山の友人家原文男氏が同行してゐたからである。たつた二人の爲めに紀元祭祈祷を執り行つて戴く事となるが、たつた二人であるから當然の如く略式祈祷であらうと思つてゐた。紀元祭祈祷が始り驚く事に正式祈祷である。厳なる巫子舞ひ迄行ふ正式な祈祷を執り行つて戴いたのである。正規に執り行はれる紀元祭の前に我々二人だけの爲め執り行つて戴いたのには唯々感謝であつた。
 紀元祭祈祷が終り最後に草山副長の言葉は、紀元祭は當社を司る 大國主命を通し 天照大御神へ肇國の感謝と祝ひを捧げる祭典神事であると云はれ瑞穗の國に生まれし我々臣民のみならず生命あるもの全て草木に至まで其の御心を注がれ

未來永劫

「豐葦原の千五百秋の瑞穗の國は、

是吾が王たるべき地なり。

宜しく爾皇孫、就きて治らせ。

行矣、寶祚の隆えまさしむこと、

當に天壤と窮り無かるべし。」


 とあるが如き、御國のある可き姿を指し示してをられます。私達臣民は唯々感謝する事ですと云はれてゐました。
 本日、紀元祭祈祷を受けなほ一層皇道に精進と心得るもの也。


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by iamhide3897 | 2013-02-12 18:02 | ぼやき | Comments(0)

虚け者の節分

節分祭
 邪氣祓ひ
   豆撒き神事


紀元二千六百七十三年二月三日

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 本日二月三日節分祭である。本來、「季節を分ける」 つまり季節が移り變はる節日を指し、季節の變はり目には邪氣(鬼)が生じると考へられてをり、それを追ひ拂ふ爲め惡靈祓ひの神事が執り行はれる。
節分の神事は宮中での年中行事であり、『延喜式』では、彩色した土で作成した牛と童子の人形を大内裏の各門に飾つてゐたとの事である。
 出雲大社相模分祠に於いても節分祭神事が執り行はれ、大相撲伊勢ヶ濱部屋、親方(元横綱旭富士關)、横綱日馬富士關、安美錦關、寶富士關、譽富士關、他の關取衆が招かれ、參道、社周邊を埋め盡す數千人の參拜客が訪れ豆撒きが行はれた。

 因に本日は、節分の行事に參加す可く此處出雲大社相模分祠に訪れた譯ではない。本來、月初め日曜は御魂祭が執り行はれる爲め 天照大御神、大國主命、そして祖靈社に御與り祀られる、父山口彌吉郎命そして大東神社に祀られる大兄相原修命を祖靈社を通し參拜に來たのである。然し、好む好まざるに拘らず參加するといふ事となつてしまつた。

 節分神事、一般參拜に訪れた人は境内には入る事を規制され參道に竝ばされてゐた。我々も祖靈社へ行くにも入る事が出來ず難儀した。然し御魂祭の爲めと係員に云ふと、側にゐた氏子ボランテアが、小生を覺えてゐた爲めすむなり境内へ入る事が出來た。
 入る事が出來たのは良いが、受附け巫子さん曰く御魂祭は今月に限り一時からで既に終つたとの事、確かに節分の聯絡は來てゐたが、其の聯絡に掲載して有つたやうだ。然し乍ら、疏忽者故見てゐなかつたと告げると、顏見知りの巫子さんが配慮してくれ玉串奉納のみならばと無事參拜を濟ませる事が出來た。然し、濟ませた事は良いが節分行事が始り、參加者が境内に溢れむばかりに入り歸る事が出來ない状態となる。
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 一般的には「福は内、鬼は外」の掛け聲で豆を撒く、然し、地域や神社に依つて樣樣ある。鬼を祭神又は神の使ひとしてゐる神社、また方避けの寺社では「鬼は外」ではなく「鬼も内(鬼は内)」としてゐる處もある。新宗教の大本は鬼神を「艮の金神(国常立尊)」と解釋してゐるので、同じく「鬼は内」とする。家庭内での豆まきに於いても、「鬼」の付く姓(比較的少数だが「鬼塚」、「鬼頭」など)の家名もしくは鬼が付く地名の地域では「鬼は内」の掛け声が多いと云ふ。大名九鬼家の領地でも、藩主に敬意を表して「鬼は内」としてゐる。
此處出雲大社相模分祠に於いては「福は内」のみの掛け聲であつた。
 やはり日本神道では八紘爲宇、鬼も全て神、分け隔てが有つてはならぬといふ事であろう。

 歸る事が出來ぬと嘆く我々三人は、關係者以外入れぬ處に立つてゐた。行事關係者皆一應に出雲大社の白い裃を着けてゐる爲、我々は異樣に浮いて見えたやうだ。我々の前を通る人が何故か皆挨拶をして行く。

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 横綱日馬富士關や他の力士までもが挨拶をして通つた。而も横綱日馬富士關は小林同志に「こんにちは」と聲まで掛けて通つたのだ。どうやら皆一應に特別な關係者と勘違ひしてゐたやうだ。
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 然し乍ら、我々三人にとつては特等席にて行事を見る事が出來たうへに、勝手な勘違ひであれ横綱にまで挨拶をされ、歸る事が出來ぬと悲觀してゐたが、良い事も有つたと勝手な勘違ひに歸りの車中は大爆笑であつた。。

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by iamhide3897 | 2013-02-05 11:50 | ぼやき | Comments(0)

出雲大社相模分祠参拝

御魂祭


紀元二千六百七十三年二月三日

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            出雲大社相模分祠祖霊社


 本日第一日曜日は、月に一度の御魂祭つまり祖靈祭、先祖に對する慰靈感謝を捧げる可く參拜の日である。
 小生の父、山口彌吉郎命を納め御祀り戴いてゐる事もあり、亦、小生に信仰の道を示して戴いた相原修命は、此處出雲大社相模分祠の神官でもあつたのだ。相原兄の御靈は大東神社に奉られてゐるが、神官として務めた出雲大社相模分祠を通し慰靈感謝する事もあり、小林同志と共に參拜に訪れる。
 本日は小生が常々日本人として信仰心を大切にする事は必要不可缺な事と説く爲めか如何か、公安三課月岡晴一氏が仕事の一環としてではあろうが訪れてゐた。然し、どの樣な事であれ感心を持つと云ふ事は良い事である。其の感心が信仰心に繋がれば我々の啓蒙が僅かではあらうが役に立つたと云ふ事であらう。
 某團體會長と良くは話す事だが、我々日本人の先祖信仰は如何なるものか、將又他國の信仰と如何に違ふか。他國の先祖は耶蘇教を見ても判るやうに、エデンの園の戒律、木に生る林檎を食べては爲らぬと云はれるものを蛇に嗾され食べると云ふ罪を犯し、エデンの園を追はれた罪人アダムとイブである。
 因に耶蘇教では神は死が存在しない樂園を、エデンという地に創り上げた。この樂園の管理人として、アダムと云ふ人間が創られた。やがて寂しさうなアダムのために、彼のあばら骨の一本をとって妻としてイヴを創造した。ふたりはしばらく幸せに暮らしてゐたが、ある日一匹の蛇がイヴに話しかけた。このときの蛇の姿は今とは程遠く、翼と足を持ち、王冠をかぶり、炎を吐く生き物だった。「自分は何でこんな姿をしているのだろう。炎の樹の実を食べればわかるかも知れない」。と云つた蛇に戸惑いながらもイヴは、神から食べてはいけないと云はれてゐた其の禁斷の樹の実をもぎ取って口にした。イヴは怖くなってその半分をアダムに與へた。アダムは拒んだが、この知恵の木の実を食べたイヴに嗾され、結局は食べてしまつた。
 その瞬間、樂園にゐた動物たちは殺し合ひを始め、土地は荒れ果てた。神はこの時、男性には地を耕し刈り取る苦労、女性には子を産む苦痛を與へ、蛇からは足と翼、王冠を奪ひ、地に這いつくばつて生きていかなければならなくしたとされてゐる。是は佛教で云ふ處の罰(ばち)である。
 當然の事であるが、耶蘇教に於いて其の罪人を慰靈する事は無い。其の罪人と爲つた先祖のやうにならぬ爲、否、追はれたエデンの園、つまり彼等が云ふ天國へ行く、否、戻りたいが爲、善を行はなければならないと教へがある。取もなほさず己が樂な處へ行きたいと云ふ見返を求めての事であり、無償の事では無い。彼等の善は神との契約、善を行ふ報酬として樂を得る事である。
 では、我々日本臣民の先祖はと云ふ事は。
日本神道に依れば、我々臣民は全て神の子、 天照大御神が御産みに爲つた神々、八百萬の神々何方かの子孫であるとされてゐる。 つまり我々臣民は神子であり罪人の子ではない。親が子に對し無償の愛を注ぐ事に感謝する。亦、士道、武士道の教へに士道とは死ぬ覺悟を秘めて人に恥ぢぬ生き方。武士道とは見返りを求めず死ぬ覺悟。とあり契約などと云ふものは全く無く、無償の社會貢獻、犧牲的精神を云ふ。此の素晴しき教へに、當然先祖を敬ひ慰靈する事であらう。更に其の感謝は廻りめぐつて最終的には皇祖皇宗 天照大御神へと屆くであらう。
 亦、最近起きた北アフリカのアルジエリアにての天然ガスプラントでイスラム武装勢力による人質事件は、世界を震撼させ更には多くの邦人犧牲者を出す結果となつた。
 此のイスラム原理主義の武裝組織はイスラム教の信者とされてゐるが、小生にはイスラム教を貶しめてゐるとしか考へられない。何故なら彼等が唯一絶対の神アッラーフを信仰し、神が最後の預言者たるムハンマドを通じて人々に下したとされるクルアーンの教えを信じ、従う一神教である。
 唯一神教で、偶像崇拝を徹底的に排除し、神への奉仕を重んじ、信徒同士の相互扶助関係や一体感を重んじる点に大きな特色がある。とされる爲らば信徒以外は不用の者と取れる。如何なる神であれ善を掲げ信仰を望む神なれば理に叶はぬ教へであらう。
 然し、天然ガスプラント人質事件を見れば其もまた理解出來る。だが日本人には到底受入れがたい教へである故に日本國内に於いて布教されてゐないのである。
 彼等イスラム教徒にも耶蘇教と同じく見返りを求めての行爲でしかない。自分達だけが良ければ其で良しとする教へ。全て個であり全體と云ふ見識を持つ教へがされてゐないのである。
日本のやうに八紘爲宇と云ふ全ての者に對し互に豐に安心出來る生き方と云ふ教へは無いのである。
 云ふなれば地球は全て皇祖皇宗の皇土であり、我々日本臣民は皇土の中でも皇祖皇宗の庭先に在する民族であり、直接皇祖皇宗の教へを汲む民族である。從つて「斯ノ道ハ實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ子孫臣民ノ倶ニ遵守スヘキ所之ヲ古今ニ通シテ謬ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラス朕爾臣民ト倶ニ拳々服膺シテ咸其徳ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ」是れは世界皇化を意味する。
 某団体會長曰く、地球は全て皇祖皇宗の皇土であり全ての人類は人種に拘らず 陛下の赤子である。亦、直接皇祖皇宗の庭先に在し教へを汲む民族であるならば、「天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」ロスケだチヤンコロだ等と了見の狭い事を云わず、世界中全ての赤子に對し指し示す責務が我々日本臣民に課せられてゐると心す可しと云ふ。

 右述べた事を踏まへ、今尚こゝに日本人として生まれ皇祖皇宗天照大御神、此處祖靈社を司る大國主命に感謝の意を書き示すもの爲り。

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by iamhide3897 | 2013-02-04 20:13 | ぼやき | Comments(0)