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◎定例演説会

第八十六囘
西葛西驛南口
定例演説會



紀元二千六百七十三年八月二十五日

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登壇辯士
愛倭塾     青木 仁志 辯士
愛倭塾     石塚 孝男 辯士
愛倭塾     小林 宏典 辯士
愛倭塾     平田佐喜雄 辯士
皇道日報    磯  和典 辯士
皇國同志會   花上 功  辯士
愛倭塾     山口 秀明 辯士

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 朝から雨に見舞はれ、愛倭塾始つて以來始めて雨の定例演説會となるかと思はれたが、演説會開始から暫くすると雨は上つた。
愛倭塾定例演説會の初開催から現在まで開始から終了まで雨に見舞はれた事は未だ嘗てなひ。惡天候に見舞はれた事は數囘あるが終始傘を要した事はなかつたのである。
 前置はともあれ定刻には雨も上り、石塚辯士先導にて國民儀禮から演説會は開始された。
 續いて青木辯士の教育に關する敕語捧讀。最近、青木辯士は何故か敕語の印刷物を手に捧讀するが、常に目は閉ぢた儘であり言葉一つ一つを噛み締めるが如く捧讀するやうだ。此が良い事かどうかは計り知れない。何故と問はれゝば聞いてゐる我々は、當然の如く默祷、若しくは目を閉ぢ唱和してゐる。言葉を噛み締め間合を取る捧讀は心に沁み入るものである。然し乍ら聽衆には朗讀してゐるやうに見えるであらう。其は決して見映えのするものではなひ。青木辯士は間違ひ躓きが絶對にあつては爲らないとの思ひから御守りの如く手にしてゐるのであらう。何時か御守りを手放す事を願ふばかりである。


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 石塚辯士は、歴史教育に關し思ひの丈を聲を大にし訴へてゐた。



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 小林辯士は、神代から傳はる日本民族の信仰心が薄れ、神社參拜も心から願ふのではなく觀光化してゐるやうに思へてならない。現代の荒んだ状況も古來からの教へ信仰心を取り戻す事で乘り越える事が出來ると説く。

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 平田辯士は、八紘爲宇に基く日本民族の世界に誇る民族精神を取り戻して戴きたい、更に先日八月十五日靖國神社に祀られる英靈に對し感謝の誠を捧げ參拜したが、日本國に尊い生命を捧げ現代を殘した御靈に感謝する事を忘れて戴きたくないと訴へる。

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  厚川幸夫 皇道日報統制部長
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 防共新聞から社名變更になつた皇道日報磯埼玉支局長は日本領土領海戦略会議 理事長と云ふ肩書を持つ事もあり、領土問題に付き自身が北方領土へ足を踏み入れ經驗した現状を訴へると供に昭和二十年八月九日皇土である北方領土を舊露西亞に、不可侵條約を一方的に破棄され、奪はれた事を忘れて戴きたくないと聽衆を諭すやうな獨特な口調で語る。


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 皇國同志會花上會長は、歴史認識に付いて日本の國としての教育方針は、餘りにも腑甲斐なく近隣諸國に依る壓力に對し卑屈になり過ぎである。更に云へば支那、韓國に云はれるが儘に、有もしない事を後世を擔ふ子供達へ平然と吹込む教育を行つてゐると語る。尠くとも事實は、良きも惡しきも全て傳へ、惡しき誤ちは謝罪し繰り返す事のないやう建設的教育をす可きであり、亦、支那、韓國に依つて捏造された事柄に付いては、確りと否定する事も國防と云ふ觀點から抑止力となる事も必要であると語る。



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 山口辯士は、登壇した辯士の取上げた事柄を例にし、國民の不滿の原因は何處にあるかを問ふ。而、其の原因は全てと云へる程に己にあると語る。抑も日本の國體を如何なものかと考へた時、神代の時代へ遡る。
 日本の神は天照大御神とされ八百萬の神が大神を御支へする事こそが國體其のものであり、大神の命により瓊瓊杵尊は天壤無窮の神勅を戴き、瑞穗國(日本の事である)へ降臨なされたのである。
天照大御神の直系神武天皇が瑞穗の國を治め八百萬の神々の子孫臣民が恩惠の下、御支へする事が國體である。
百二十五代今上陛下に至る現在まで寸分違はず繼承されてゐる國は、我々が生かされてゐる日本のみであり、誇る可き國體である。
 然し乍ら、今現在の社會は夫夫が不滿を増大させ悲觀的状況にある。不滿の原因は
全て己にあり、神代から傳はる教へを忘れ、何事に於いても感謝する事から始ると、教へ傳へられたにも拘はらず、己の利害から物事を始めてゐるのである。此の事こそが諸惡の根源であり、あれが惡い此が惡い等と窘める前に、己を諫める事こそが必要なのではないでせうかと語る。

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by iamhide3897 | 2013-08-26 16:16 | 報告 | Comments(0)

奇人変人、おまけに凶人大集合

夏バテ對策協議會


紀元二千六百七十三年八月二十四日

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 黨陣營の奇人變人が先月の奇人變人大集合に味を占めたかのやうに、夏バテ對策として、小生宅へ集ひ、猛暑の夏を樂しむ可く鍋を圍む事となつた。
 厚い時に熱い物を食し、亦は辛い物を食し厚さを吹き飛ばすと云ふものゝ、やはり普通では考へもしなひであらう。一般的にはビアガーデンにでも行つて涼を取らうとするのが普通と云へるであらう。
 奇人變人相手に小生も狂人と化する意外になく、豚シヤブ、豚汁、モツ煮込みと熱い物ばかり、腕によりを掛け否腕だけではなく腰もいれ、朝から食材調達に走り囘り、如何に安く澤山作れるかである。午後一から食材の下處理に掛かり約三時間で完成。後は確り煮込む事が大切と二時間コトコトと煮込む。白米も五合、尠々水加減を間違へ固めとなつてしまつたが、文句は聞く耳持たず。文句があるなら食ふなである。
 六時過ぎに河原狂人、下山狂人到着尠し遲れて木川變人到着。早速宴會は始つたが、豚汁に柚胡椒を入れ過ぎくらゐに入れて食し始め、熱い豚シヤブに箸を進めた數分後には汗が噴き出す。然し此の狂人集團、國體談義、神代談義と大いに話しは盛上がり、時々色氣の話しも飛出す始末。然し下山狂人にとつて色氣の話しは全く縣外の話しであり、彼の場合は色氣より食ひ氣、若しかすると女嫌ひ、違ふ方に興味がと疑つたが流石に其方もなひやうだつた。其にしても凄い豚シヤブ肉一.四キロ、豆腐二丁、厚揚二丁、白菜一株、白瀧六百グラム、シイタケ二百グラム、豚汁は十合鍋三分の二つまり七合近く、白米三合更にモツ煮込み、索麺南瓜、もろ胡と食べ盡したのである。下山狂人は始から最後まで箸を置く事無し如く呑む喰ふに徹してゐた。驚く可き食慾である。だが作つた側としては大いに滿足であつた。
 終り間際に小林變人候補到着、最も到着するまで待つてくれたのである。木川變人は歸宅まで二時間程掛かるが顏を見てから歸ると待つてゐたのだつた。此の邊も流石に奇人變人狂人協議會、仲間意識も半端ではない。
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流石に狂人二號だ
高校時代のジャージが未だに一張羅とは。而も左腰に名前入りなのだ011.gif

 本日は、小生が如何に極々普通の人間であつたか知らされた日であつた。
アハッ
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by iamhide3897 | 2013-08-25 16:20 | ぼやき | Comments(0)

靖國神社

紀元二千六百七十三年

大詔奉戴日


紀元二千六百七十三年八月十五日

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 本日八月十五日は一般的には終戰の日と記念される日である。然し、本來大詔奉戴日なのである。
樣樣な經緯があらうが、  天皇陛下は我々日本臣民を守る可く、堪へ難きを堪へ、偲び難きを偲びと苦汁の選擇を以て昭和二十年八月二十日大詔を發せられた以上、如何なる思ひがあらうが、我々日本臣民であるならば大詔を奉戴す可きと考へる。
 本日、時局對策協議會有志二十九名をもつて靖國神社に祀られる先覺烈士英靈御靈へ感謝の慰靈と誠を捧げ昇殿參拜を行ひ亦、別働隊として靖國會へ参加慰靈を行つたが、我々愛倭塾有志は昇殿參拜へ參加した。
 例年獨自に愛倭塾として靖國神社參拜は行つて來たが、本年度は時對協理事、日本誠龍社貴田會長發案にて各團體獨自に參拜するのではなく時對協として午前午後の二部に分れ行ふ事とした。
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       參集殿にて昇殿參拜を待つ
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       遊就館前にて集合寫眞

 本年は日本を取り卷く樣樣な事案が取り沙汰される中、參拜者は例年以上に多く訪れた。中には政府閣僚の參拜に反對する韓國の反日勢力がデモ等を行つた。亦、逆に台灣民政府「福爾摩沙法理建國會」なる團體が佰數十名を連立ち今現在も我々台灣人は  天皇陛下の赤子であり英靈に感謝の誠を捧げに來たと訪れ熱い訴へを行つてゐた。
 其の中の一人「鄭志道(テイ シ ドウ)」氏は昭和四年生れと云つてゐたが、背中に一本筋が入つたやうに姿勢が良く若々しい御仁で財務局局長との事であつた。其の御仁曰く、我々の團體は一民間團體ではあるが台灣は須らく
天皇陛下の所有物であると主張し日本人として認められるやうに働き掛ける團體であると力説してゐた。
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       台灣民政府
「福爾摩沙法理建國會大統領(中央)との事である」



天皇陛下は、決して台灣を所有物等と云はぬであらうと小生が云ふと、御仁俄然と熱が入り物理學的に云へばと始り、何としても  天皇陛下の所有物と云つて一歩も引かなひ。
天皇陛下は日本台灣全ての臣民は赤子であると御思ひであり、分け隔てする事はなひと小生は考へますと云ふと、我々の先人も日本人として大東亞戰爭を白人列強と戰ひ此處靖國神社に祀られてゐる。更に台灣は地理的に云へば日本本國と支那の間に浮ぶ日本の航空母艦「台灣」と云ふ名の不沈艦だと云ふ。とすれば艦は物であり當然
天皇陛下の持ち物であると決定付けてゐた。
 正直尠々頑になり過ぎではないかと思ふが反面日本人に其の半分でもあれば、誇を失ふ事等はないのである。ともあれ小生の淺學故知らぬ團體が此のやうな活動を行つてゐたと云ふ事は慶ばしい事である。
 時對協の參拜を終へ夫夫別行動となつて、若かりし頃から四十年程、御高配を賜る御仁で大日本誠心義塾平田安幸代表竝び御内儀と參門にて御會ひする事となり、皇道日報主幹福田邦宏氏同じく磯埼玉支局長、厚川統制部長、弊塾平田佐喜雄理事長、小林弘典會長付と伴ひ御會ひした。
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      平田代表を囲み


 平田安幸代表とは民族運動に入る以前からの御附き合ひである。久し振りに御會ひし、互の顏に刻まれた皺と云ふ名の行動記録に沁々と若かりし頃を懷かしみ。各氏を紹介、正午の時報と供に英靈に對し感謝の默祷を捧ぐ。亦、畏れ多くも全国戦没者追悼式に御臨席あそばされた 
天皇陛下より
「本日、「戰歿者を追悼し平和を祈念する日」に當り、全國戰歿者追悼式に臨み、さきの大戰において、かけがえのない命を失つた數多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たに致します。
 終戰以来既に六十八年、國民の弛みない努力により、今日の我國の平和と繁榮が築き上げられましたが、苦難に滿ちた往時を偲ぶ時、感慨は今尚尽きることがありません。
 ここに歴史を顧み、戰爭の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い、全國民と共に、戰陣に散り戰禍に倒れた人々に對し、心から追悼の意を表し、世界の平和と我國の一層の發展を祈ります。」
との玉声を賜つた。

 大勢の參拜者の中、平田安幸氏の姿は日の丸鉢卷に  天皇陛下萬歳と書かれた襷を掛け日章旗を掲げてゐる。更に年齡が年齡だけに大東亞戰爭體驗者と觀られ、英靈に默祷を捧げ、  天皇陛下の玉声に最敬禮をもつて拜聽する姿は報道關係の注目の的となつてゐた。然し、平田安幸氏の眞意は如何にも尊皇心と云はむばかりにパホーマンスの爲め注目を集める似非等ではなく純粹に  陛下に對する尊皇心からであり、御内儀共共人一倍に強いものであると信ずる。小生が知合ひ、事ある毎に數十年變はる事なく觀る姿である。
 靖國神社へ參拜に訪れた全ての人々に政治的意圖は全くなく純粹に英靈に對し慰靈と感謝の誠を捧げてゐた。
 亦、大詔奉戴日を時局對策協議會有志竝びに大日本誠心義塾平田安幸代表竝び御内儀と供に祝ふ事が出來たのは感慨無量であつた。


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       参拝者は溢れかえるばかりであった。
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by iamhide3897 | 2013-08-16 15:18 | 報告 | Comments(0)

出雲大社相模分祠参拝

葉月の御魂祭


紀元二千六百七十三年八月四日

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 葉月御魂祭に小林兄と共に參加する。
葉月つまり八月である。八月は一般的に云へば御盆の月であり、御先祖が皆夫夫の家へ歸る月とされてゐる。
 淺學なる小生は御盆と云ふ慣はしは佛教のものと認識してゐたのだが、本來神道に有る慣はしとの事であつた。
 御先祖を迎へる爲、提燈や蝋燭を燈し、酸漿等を玄關に掲げ間違なく歸へつて来る事が出來るやう用意するのが慣はしとの事であつた。
 全國的には八月が御盆の月とされてゐるが、一部には農閑期の關係から七月に行ふ早盆の地域もある。此處出雲大社相模分祠では秦野市は元來煙草農業の盛んな土地柄であつた爲、早盆の行事を行つてゐた名殘で七月には十二日から十五日迄、酸漿市、朝顏市が夏の風物詩として催されたさうだ。
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 小林兄と共に鳥居を潛り御清め、本殿參拜を濟ませ御魂祭の受附けと濟ませた處で草山副長と出會ひ葉月の話しを聽く事となつたのだ。
 草山副長の話しを聽いた後の御魂祭は、一段と感慨深いものとなつたのである。小生實父を御祀り戴いてゐる事もあり、亦、小生の神道信仰に大きく影響を及ぼした相原修大兄は生前此處、出雲大社相模分祠の神官でもあつた。此の二人を小生が迎へる爲めに如何にす可きか御魂祭の間考へてゐたのであるが、実父は母の元で迎える事は出来ても相原大兄の迎えは、答えを見出す事は出来なかつた。心ならずも此の御魂祭で御許し願ふばかりであつた。

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by iamhide3897 | 2013-08-07 00:00 | 報告 | Comments(0)