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◎定例演説会

第八十七囘
西葛西驛南口
定例演説會



紀元二千六百七十三年九月二十二日

登壇辯士
愛倭塾         石塚 孝男 辯士
愛倭塾         小林 宏典 辯士
愛倭塾         和泉 英行 辯士
励志救国協議會    奥貫 結華 辯士
励志救国協議會    三浦 裕之 辯士
日乃丸萬歳社     中野 正利 辯士
愛倭塾         平田佐喜雄 辯士



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今囘の演説會は山口會長、實父山口彌吉郎大人の命五年祭の爲め參加叶はず。平田理事長が一切を仕切る事となる。
 久し振りに勵志救國協議會の若人二名が、駈附け應援を戴いた。先日、田中本部長より聯絡を頂き勉強の爲とは云ふものゝ弊塾演説會が勉強になるとは思へぬ。田中本部長の配慮の言葉であらう。
 閑話休題。定刻十時に石塚辯士の先導に依る國民儀禮に始り、續いて石塚辯士の主張。
 石塚辯士は、何時もの如く教育問題に着いて誤つた日本の教育を正さねば明い未來は望めないと云ふ。日本の教育を擔ふ教職員組合は、日本の成立を教へる事なく白人文化からなる民主主義と云ふ美名の下、日本の美徳とされた和を破潰す可き個人主義を純粹無垢な子供達に施し、美しき日本文化を汚してゐる。今こそ百年の計と云はれる教育を正し、教育敕語を復活させる事で、自づと 皇祖皇宗に守られてゐる事を自覺し、國の素晴しさに氣附く事でせう。亦、忠誠心、敬拜、敬神、尊皇が當然の如く生れ明い未來が望める國となると聲を大にし訴へてゐた。
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 小林辯士は、明治維新について語り、今日本の抱へる樣樣な不條理を考へるに、何故に明治御一新がなされたか、亦、何故に本來の御一新の意義を忘れ、西洋文化を取入れ、經濟發展に走り本來の日本民族精神を疎かにした事に依る弊害が今現在の不條理を産み出した。今こそ日本肇國の理念に立戻り本來の日本にしなければ爲らないと訴へる。


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 和泉辯士は、天罰ではないであらうかと云ふ事に着いて語る。餘りにも自國の歴史を知らな過ぎる。大東亞戰爭を取上げても悲慘な出來事のみを傳へる新聞、國際法に反する東京裁判史觀に基く教職員組合の教育を、疑ふ事なく受入れ正しい歴史を見る事はない。何故に大東亞戰爭へと進んだのか目を向ける事はない。
 戰後五十年に戰勝國亞米利加、日本にとつては敵國である亞米利加でさへ捕へてみれば、我が身内の如くルーズベルトの惡辣なる陰謀、畫策を暴露してゐるにも拘らず、我が日本政府は直た隠しにしてゐるのである。
 正しい目を持たぬ日本人に對し、御前達日本人は其のやうな民族として生れた譯ではなひと、神は天變地異と云ふ形をもつて我々に警鐘を鳴らしてゐるのであり、此こそが天罰であると云ふ。


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 應援に駈附けた勵志救國協議會、奧貫結華辯士は所屬する協議會の運動方針を唱へ、日本教職員組合の撲滅を訴へる。
 辯士は事細かに日教組の諸行を調べ聽衆に分り易く、女性である故に柔く訴へてゐた。然し地方公務員法に反し子供達を起きざりにし組合運動に奔走する教職員は實名公表の上即刻解雇せよと、子供に關する事では容姿から想像出來ぬ、可也過激な發言もしてゐた。


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 勵志救國協議會行動隊長、三浦裕之辯士は反中共デーに着いて、何故に反中共なのか、抑も日中共同宣言はとその前文を拔萃し讀上げ、支那が共同宣言にある相互尊重、相互不可侵、相互内政不干渉、恆久的友好に反し覇權、亞細亞諸國に武力による脅威を與へ、更に日本の領土である尖閣諸島に對し領有權を主張し樣樣な形を以て既成事實を畫策、領空侵犯、領海侵犯を繰り返してゐる。此は明らかなる侵略行爲であり許す可からざるものではない。依つて日中國交は支那に依つて破棄されてゐるのであり、打倒支那、打倒共産黨と爲つてゐる。と訴へ聽衆から「頑張つて下さい」と多くの聲が掛けられてゐた。


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 日乃丸萬歳社代表中野辯士は、現代と云ふ時代を殘し傳へる爲め、尊い生命を散華させた先人英靈に對し申し譯ないと思ひませむか、亦、何故に世の流れに流され感心を持たぬ日本人に爲つてしまつたのか。
 原發問題を取上げ反對運動をする人々をみても面白半分に反對してゐる人が多い。反對するなら徹底的に反對するなら分るが、「反對反對」と大聲を張り上げながら、原發に依つて生れたエネルギーで走る電車に乘り歸つて行く、どう考へても本氣で反對してゐるとは思へない。本氣で物事を考へる事が希薄に爲つてゐる。尊い生命を散華させた先人英靈は生命を掛けて家族、地域、更に國を思ひ己の慾を乘り越え散華させたのです。
 先人の智慧、經驗、更に殘された歴史を念頭に置き行動する事で惡化した世相を好轉させる原動力に爲る。
 先人英靈に對し恥ぢぬ生き方をして頂きたいと訴へてゐた。


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 平田辯士は日本民族が作り上げ、育んで來た素晴しい國。其の國が内から腐る現状、つまり、日本民族精神が希薄に爲つてゐる。
本來日本が世界に對し、否、白人社會に道義道徳を訴へた。「奴隸撤廢、人種差別撤廢、植民地撤廢」は白人社會にとつて死活問題となり利害保守の爲め日本に對し迫害の手を伸した事を知らなければ爲らないと訴へてゐた。

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by iamhide3897 | 2013-09-23 04:15 | 報告 | Comments(0)

出雲大社相模分祠参拝

五年祭。

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紀元二千六百七十三年九月二十二日

實父弥吉郎大人の命の五年祭が執り行はれた。
時の経つのは早いものだ。父が帰幽されて早五年の歳月が流れてしまつた。
最も尊敬してゐた父が帰幽した黨時を思ひ出される。当初は實父の病状を考へて萬が一の場合はと相原修兄に御願いしてゐたが、其の相原修兄が青森県八甲田山雪中行軍の犠牲者追悼の為に八甲田山へ向かう途中岩手県にて交通事故で帰幽されてしまつた。
然し、相原修大人の命の恩恵に恵まれ、父弥吉郎の御霊を此処出雲大社相模分祠に御祀り戴く事が出来たのである。以来、月始めの日曜日に執り行はれる御霊祀りは、欠かす事なく相原修大人の命と實父の御霊を慰霊に訪れてゐる。

兎にも角にも、母喜代を祭主とし家族皆で無事五年祭を済ませる事が出来たのである。

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by iamhide3897 | 2013-09-20 07:03 | ぼやき | Comments(0)

紀州某山奥體驗

非常時體驗ツアー



紀元二千六百七十三年八月十三日~十六日


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 今囘はトラブル續きであつた。
先づは、十八號大型颱風發生との豫報、更に和歌山縣體驗基地へ向ふ途中車兩パンクに始り到着後の荷卸しにて卸し忘れが致命的であつた。卸し忘れはユンボの鍵と食糧で主食の米である。其の鍵と米を積んだ儘建設資材を仕入に問屋へ向つてしまつたのである。
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何を踏んだのかゐきなりのパンクであつた。
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河原氏が自宅庭に食べた枇杷の種を吐き捨てたものが育つた木を移植した。

 基地建設には無くては爲らない重機が全く使へぬのでは作業にならない。更に晝食にポークカレー(高級レストラン使用)肉を赤ワインに浸し柔くし、更に旨味を綴込める下處理、野菜は全て温野菜にし煮込む。ルーは赤ワインに祕密のソースを注ぎ特製カレールーを作る。等等、小業を驅使して作つても肝心の白米がなくては食べられない。
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カワムツと云ふ魚らしいが初めて見る魚であつた。處によりハヤとも云ふさうだ。

 資材調達部隊が歸る迄、食事は御預け状態に腹を空かせて皆夫々に仕事を探し動き囘る。鈴木田青年は食糧調達とばかりに魚釣り、頑張つたが成果はカワムツ一匹である。
串にさし鹽燒きにして食べてはみたが、流石に餘にも小さく味はうのは無理だつたやうだ。008.gif

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 遲れて到着した下山青年と鈴木田青年は基地建設豫定地に本日は野營する事となりテント張り、等等作業を行ひ汗だくになつてゐた。下山青年汗を流す可く、河原、山川兩氏と共に水浴び。餘程氣持が良かつたのか下山青年、全裸になつて水の妖精と一人燥いでゐた。(慌てゝひこにゃん見へては成らぬものを必死に隱す。)037.gif037.gif042.gif
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     山川氏指導の下、鈴木田青年の實技訓練


 更に遲れて到着、大阪の志賀氏、三重の澁憲こと澁谷憲二氏目を丸くし驚いてゐた。殘つてゐた全員が水浴び、裸族の如く下着一枚姿であつた。驚くのは無理のない話しであるが、河原氏は此が氣兼なひ時對協の裸の付合ひとばかり豪快にカンラカンラと笑ひ飛ばしてゐた。003.gif003.gif

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 漸く歸つた資材調達部隊が資材搬入を終へた頃には既に夕暮時。結局食事どころではなく、カレールーのみを食べ、殘りは野營部隊に夕食用として殘し他は宿へ向ふ。

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      宿にて夕食前の團欒
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團欒中、防災無線で颱風の影響を踏まえダムの放流するとの放送が鳴り響く。025.gif025.gif025.gif


 宿へ着き一段落、何故か何もしないのに何時になく疲れた。食事前の團欒、突如鳴り響く防災放送、颱風の影響によるダムの放流との事である。基地に殘した二人が氣に懸る。と云ふより救出しなければと夕食もそこそこに救出部隊出發。
 危機感と緊張感につゝまれた、河原、山川、志賀、澁谷の四氏が救出に向つたが、野營部隊二人は知らぬ事とは云へ全く危機感はなく、温泉入浴へ向ふ途中、救出部隊と合流、資材引き揚げ下山する最中、トラックの荷臺にて酒盛、一升ビンを抱ひて上機嫌、下山青年は大物になるかも?037.gif「ビップ待遇ですな~」と燥いでゐたとの事で、救出部隊の顰蹙をかつてゐた。042.gif042.gif033.gif
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 深夜、豪雨注意報が的中雨音に目が醒めたが外は可也の雨に風も動物が遠吠えするが如くのやうだつた。十數年前九州から青森まで日本列島を縱斷した十九號颱風を思ひ出した。當時鹿兒島からの歸り大分にて遭遇。目の前を走る大型トラツクが横轉、ビルの看板が眞横に落ちる、電信柱が折れ電線が行く手を阻むと散々な目に遭つた。一つ間違へば大慘事に卷き込まれたであらう事を思ひ出し戰慄が走つた。とは云ふものゝ小生も危機感は薄い。其の儘、寢てしまつたのである。
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民宿庭に設置された餌場にやつて來る野鳥に餌を與える山川氏、何故か野鳥も警戒せず手に乘る。殘念乍ら野鳥は飛立つた後シヤツターはおりた。050.gif
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 思案六法。引き揚げる可きか作業續行する可きか惱に惱む。039.gif039.gif039.gif039.gif    
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 朝起きて、朝食前に颱風豫報と共にダム放流を考慮し、此の儘引き揚げるか殘り作業を續行するか思案六法。結局一泊部隊は朝食後颱風上陸前に海岸線を拔けなければ爲らぬと歸る事とした。 殘留部隊は意外にも不謹愼と云はれるかもしれぬが、緊張感を樂しむが如く危險區域の撮影、散策をしてゐたのである。
 颱風情報を聞き、殘留部隊の安否を氣遣ひ、多方面から數多くの聯絡が入つたとの事であつた。030.gif030.gif030.gif
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     増水した基地建設地前の川
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   宿の前を流れる川(平常時)
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    増水時
 
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       宿の前を流れる川(平常時)
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 今囘、豫定の作業は全くと云ふ程に出來なかつたが、此も又見方を變へれば人的被害もなく無事濟んだ事は良い經驗であつたと云へやう。更に思ひ出、否、基地建設の歴史に殘るであらう。

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by iamhide3897 | 2013-09-17 14:30 | 旅 日記 | Comments(0)

時對協

第千廿囘
時局對策協議會
定例會議


紀元二千六百七十三年九月五日

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時局對策協議會定例會議出席する。

先月は仕事の爲め、諸兄の貴重なる意見を拜聽する事が出來なかつたが、今月は參加することが出来た。
 會議では、八月十五日に靖國神社へ參拜に行くが、日露戰爭終結の日に閑散としてゐるのは如何、亦、我々は行く可きではないのかと云ふ事の意見を求められた。

 抑も靖國神社は、單に國の爲めに命を落とした人を祀つてゐるのではなく、殉皇の人柱を祭つてゐるのである。つまり君臣の忠義を祭つてゐることゝ同義であるのだ。

八月十五日の大東亞戰爭終結の日に靖國神社は多くの參拜者であふれ、賑はつてゐるが、やはり靖國神社の本質を考へれば例大祭におもむくことが本當であらう。

靖國神社に限つたことではないが、元來、神社に不淨は禁物だ。それであるのに八月十五日ともなると、靖國神社を政爭の具とし穢してしまつてゐることは、ひとり反日國からの外交事情だけでなく、マスコミも左も、いふなれば右も含めて今の日本人にもその責めありとせねばならない。

靖國神社は大東亞大戰に散華された英靈のみ祀られてゐるわけでない。ならば明治御一新の人柱、日清日露、日中戰爭の終結の日にも參拜せねばならぬことゝなる。

がしかし、抑々、八月十五日(所謂る終戰日)に恰もイベントの如く九段の杜へ集合せねばならない、逆にいへばその日に參拜すれば宜い、といふ戰後の固定化されてしまつた考へ方に就て果たして正しいのだらうか。今定例會ではおほいに議論されるべきものがあつた




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by iamhide3897 | 2013-09-07 00:12 | 報告 | Comments(0)

出雲大社相模分祠參拜

月次祭
關東大震災慰靈祭
御魂祭


紀元二千六百七十三年九月一日

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 本日九月一日は月の第一日曜日とあつて御魂祭のある日だ。御魂祭參加の爲め、小林同志と共に出雲大社相模分祠に訪れたのだが、小生不覺にも月次祭・關東大震災慰靈祭が執り行はれる事を認識してをらず、甚だ殘念な事に參加を逃してしまつたのである。
 月次祭は天神地祇(てんじんちぎ)天神(あまつかみ・天上で生まれ、あるいは天上から降(くだ)つた神。)・地祇(くにつかみ・地上に天降つた神の子孫、或は地上で生まれた神を云ふ。)神祇令(じんぎりょう)に規定する祭りで陰暦の六月と十二月の二度、神祇(じんぎ)官にて行はれた。國家の安泰と豊稔(ほうねん)の祈りが眼目であり、中世の戦乱とそれに伴う皇室の式微により、伊勢神宮を例外として、全て廢絶された。伊勢神宮では、神嘗(かんなめ)祭とこの二度の月次祭を三節祭(さんせつさい)と称し、もっとも重要な祭儀として行はれて來た祭である。

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此の寫眞は転寫したもので有り更にGPSの關系から某ゴルフ場の名が入つてゐる、迷惑な事である。

 關東大震災慰靈祭は此處出雲大社相模分祠が所在する秦野市は其の昔、南秦野村と云はれてゐたやうである。關東大震災、大正十二年九月一日、十一時五十八分三十二秒發生した大震災に於いて南秦野村に震生湖が出來、全潰家屋二百十七戸、半潰家屋三百四十二戸、全燒家屋一戸、死者二十六名、負傷者二十名、行方不明二名と云ふ大被害を受けた。更に行方不明二名は南秦野尋常高等小學校の兒童、山口ヨネ(當時十三歳)と山口トク(當時十一歳)で其の後懸命な搜索にも發見出來ず九十年經つにも未だ歸つてゐないのである。遺族關係者にとつて忘れ得ぬ災害に、亦、此の日が防災の日とされた意を認識する爲行はれた。


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祖霊社にて、 後ろに寫る家族はチベット佛教の信者との事だが子供を亡くし此處相模分祠へ御納めされてゐる事から甚く感心な事に毎月御魂祭へ參加してゐる家族である。
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 御魂祭は毎月參加してゐるものゝ今月は特別な月である。平成二十一年九月六日相原修大人の命の歸幽された日である。亦、小生にとつて相原修兄に續き、二十一日後の二十七日に實父が歸幽した日でもある。依つて小生には九月長月は特別な月となつてゐるのだ。
 御魂祭開始直前、草山福長と逢ひ、相原兄の話しをした所、實父も同じ月ではと云はれ覺えてゐてくれた事感謝である。亦、精一杯務めさせて戴きますとの御言葉に深く感謝であつた。
 御魂祭が始り、心爲しか草山副長の祝詞が大きく聞える。更に拍手も何時もより大きく聞えるのは小生ばかりかと思ひきや、他の參加者に聽けば何時もより確かに大きく祖靈社に響き亙つてゐたと云ふ。
 草山副長にとつても相原兄は出雲大社神官として先輩に當り顧慮して頂いたやうであつた。
 相原大人の命、實父彌吉郎大人の命、共に幽冥界にあつても不淨の世界に活きる我々を見守つてゐる事であらうと心から信ずるものである。


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by iamhide3897 | 2013-09-02 02:15 | 報告 | Comments(2)

多摩陵参拝

大正天皇御生誕日
  多摩陵参拝


紀元二千六百七十三年八月三十一日


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 多摩陵は大正天皇が御祀りされてゐる陵と云ふ事は周知の事である。然し、何故か禮讚する行事は稀である。 
明治天皇、昭和天皇は皆擧つて禮讚するが、大正天皇にゐたつては何故か極稀なのである。淺學極はまりない小生、觸れてはならぬ處へ立ち入つてゐるのかも知れぬと恐乍らも考へた所、尊皇崇重と學ぶ者なれば何事に於いても些些たる事、心動かさず信ずるのみと行き着く。
大正天皇に於かれましては樣樣な世評がある。亦、皇位御在位期間が歴代天皇から比べ短い、然し乍らどのやうな事があらうとも皇位繼承者には變はりないのである。
 然らば、本日八月三十一日は御生誕の日を祝ふ爲、小林弘典同志と共に禮讚する事とした。

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 多摩陵 大正天皇陵
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武藏野陵 昭和天皇陵

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by iamhide3897 | 2013-09-01 02:19 | 報告 | Comments(0)