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ふらり

小林弘典
ふらり遊學箱根旅
第二談

紀元二千六百七十四年六月十三日

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今囘も又、ふらり旅だつたやうだ。夕方聯絡があり行つても良いかと云はれ、良いと云へば數十分で來た。聞けば箱根の歸りだと云ふ。前囘は箱根本宮へは天候が惡く行けなかつたので今囘行つて來たとの事であつた。
前囘は社の寫眞が無かつたが、今囘は澤山の記録を殘して來た。

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by iamhide3897 | 2014-06-23 14:43 | 旅 日記 | Comments(0)

◎定例演説會

第九十五囘
西葛西驛南口
定例演説會


紀元二千六百七十四年六月二十二日


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☆協力團體☆

☆皇國同志會
☆励志救国協議會


☆登壇辯士☆(順不同)

☆愛倭塾理事 石塚 孝男 辯士
☆愛倭塾會長付   小林 弘典 辯士
☆励志救國協議會 奥貫 結華 辯士
☆励志救國協議會 三浦 裕之 辯士
☆日乃丸萬歳社代表 中野 正利 辯士
☆愛倭塾理事長   平田佐喜雄 辯士
☆皇國同志會會長  花上  功  辯士
☆愛倭塾會長    山口 秀明 辯士


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 水無月月末にはひり今一つ天候は優れず重苦しい朝となつた。 
定刻に第九十五囘定例演説會は石塚理事の先導にて國民儀禮から始る。
 本日の演説會は題目を提示して始めた譯ではないが何故か殆ど、否全員が道義道徳の話となつた。
 石塚辯士は、道義を忘れ己の思ふ儘に行動するのは、日教組、全教の教育による個人主義教育が主な原因であり一刻も早く日教組、全教から子供達を取戻さなければ爲らないと訴へる。續いて登壇した小林辯士は日本の國史を學び傳へる事が子供達へ大人の背中を見せる事に繋がり、無暗に教育教育と目くじらを立てず押附けではなく見せる事から傳へ教へることに繋がると説く。 
 應援に駈附けて頂いた励志救國協議會の奥貫結華辯士は、身近な問題として子供達の遊びに眼を向け子供達の行動について注意す可き點を指摘した。子供達がザリガ二を獲つて遊ぶ光景は昔と變らず見られる事だが、獲つたザリガニをどう扱ふかは以前とは全く違ふ。以前であれば家に持ち歸り大切に育てる、又は水槽に入れ觀察すると云つたものであつた。然し、現代の子供達はと云へば取つた事への自慢をするのみで獲つたザリガニを道端に放り出し捨ててしまふ。當然の事ザリガニは死んでしまふ。命の尊さを全く理解してゐない。學校では教へる事の無い命の尊さを親が大人が教へて欲しいと訴へる。
 同じく應援に駈附けて頂いた励志救國協議會、三浦裕之辯士は日本民族の道義心は世界にも類を見ない程に素晴しいものであり、同じ日本人で有り乍ら共産國の走狗と成り下がつた日教組、全教の共産氣觸れは、大東亞戰爭の大戰國にとつて都合の良い極く一部を例に上げ、素晴しき日本精神を貶しめる教育を子供達に施してゐる。共産氣觸れ(かぶれ)の云ふやうに、吾吾の先人達は本當に極惡非道、非人道的行爲を行つたのかと云へば、信ずるに足らぬものである。何故なら神代から傳はる道義道徳は、今なほ自分自身に絶對に行つては爲らぬと示してゐる。つまり、自分の親、祖父母、先祖全てがその教へを戴き此の素晴しき御國に活きてゐるからであり、皆さんの御父さん御母さん祖父母が、彼ら日教組、全教の共産氣觸れが云ふ極惡非道、非人道的行爲を行つたと思ひますか。「絶對に無」いと自信を持つて聲を大に訴へた。
 日乃丸萬歳社の中野代表は、時局問題數多あるが正しい國史を基に日本精神を發動すれば現在ある全ての問題は解決するであらうと訴へた。
 平田辯士は何時ものやうに道義道徳の原點は二千六百七十四年前 神武天皇が發せられた詔、八紘爲宇にありと説く。
 應援に駈附けて戴いた皇國同志會花上會長は今皆さんが抱へる問題、心配する問題全ては、日本古來よりある教へに從へば全てが好轉するであらう。鎖國後經濟、文明の後れを取戻さんと背伸びする餘り、西洋、社會主義思想、耶蘇教が萬能とする「愛」愛こそ全てと云ふ風潮を蔓延させてしまつた。然し乍ら愛には半面裏切が必ずあり「可愛さ餘つて憎さ百倍」ひょんな事で正反對になる事もある。況してや國を愛する愛國等と云ふ畏れ多い事は絶對におかしいのであると説く。
 山口辯士は己の主張は縷縷辯士が述べた事と同じ事と成だらうと前置し、夫夫辯士の補足をするやうな事と爲つた。
 縷縷辯士の訴へは大東亞戰爭後GHQの日本弱体化政策の一環として執られた
日教組、全教の促進さらには歴史の歪曲なかで行はれた事に目くじらを立て、權利、國益と騷いでゐる事にこそ問題がある。
高々數十年の事である。日本の歴史は神武天皇御即位、つまり、肇國から二千六百七十四年あり、その中のほんの一部にばかり眼を剥けて日本の本質から懸け離れた所にあるのではないかと云ふ。
 近隣諸國が、日本の歴史認識がどうかう云ふが、歴史は一つしかない、如何に歪曲しようが歴史は一つであり所詮歪曲でしかない。良い事も惡い事も當然の如く有るが、兔にも角にも國史を鑑直し學び信ずる事に有ると云ふ。
 亦、花上辯士の云ふ「愛國」と云ふ事については、明治二十年に發刊された谷川士清(ことすが)編による日本初の古語・雅語、方言・俗語全てを収録去れたと云はれる國語辭書に掲載されてゐなかつた。つまり、その時點には無かつた言葉である。今では死語と爲つてしまつた「崇國」「敬國」等が使はれてゐたのであり國書と云はれるやうな古書を見て見れば、そこには書かれてゐるのである。言葉の亂れは心の亂れ、少し位はと許してしまへば日本語の言靈は失はれるであらう。
 現在、若者のあひだに使はれる「ヤバイ」と云ふ言葉は元來反社會勢力の間に使はれる隱語である。それが全く違ふ意味にて使はれその儘にして置けば、そのうち廣辭苑にも掲載されかねないであらう。全く嘆かわしい事である。亦、服装の亂れは心の亂れ、例を挙げるなら學校行事の際、先生の服装が亂れ、入學式、卒業式その他嚴格な行事に出席する先生が體操着(ジャージ)の儘で出席してゐる。一昔前なら校長先生は羽織袴若しくは燕尾服であり他の先生は尠くとも背廣を着用してゐた。體操着(ジャージ)等と全く墮らしのない事である。
 私達が活かされる御國はそのやうに亂れた國ではなく、神代の國體から具る素晴しき教へは人皇の世に爲つてもその儘受つながれ現在に至つてゐるのである。而、現代に活きる吾吾大人は、先人が尊い命を掛け護り傳へた素晴しい國を更に素晴しく誇ある國として、後世に活きる子供達へ正しい傳統文化、精神文化を傳へなければならぬ責任を持つのである。と聲を大にし訴へた。

☆參加團體☆
☆皇國同志會
☆励志救國協議會


☆皇國志士聯合
愛倭塾
日乃丸萬歳社
☆參加塾生
石塚 孝男 理事
小林 弘典 理事
平田佐喜雄 理事長
山口 秀明 會長
中野 正利 日乃丸萬歳社代表

 應援辯士竝び參加塾生皆さん、天候優れぬ中御苦勞樣でした。然し乍ら雨に濡れる事無く各の主張を發表し、聽衆皆樣に御清聽戴き上々だつたと思はれます。









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by iamhide3897 | 2014-06-23 00:21 | 報告 | Comments(0)

◎ 厚木驛南口演説會

皇国同志會
 本厚木驛南口
  第五十五囘
    定例演説會


紀元二千六百七十四年六月十五日

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☆司會☆
 花上功皇國同志會會長


☆登壇辯士☆

 小林 弘典   愛倭塾理事
 平田 佐喜雄  愛倭塾理事長
 山口 秀明   愛倭塾會長
 花上 功     皇國同志會會長
 川原 弘幸   皇國同志會本部長

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 必ずと云ふ程に平田理事長が参加してゐる、皇國同志會主催、本厚木驛南口驛頭演説會に参加する。
 水無月中旬天候も良く、驛頭の往来も多く思はれた。當然の如く足を止め聞入る人も多い。 中には若い人達も多く足を止めてゐた。

 花上辯士は、近代云はれる愛國と云ふ言葉について問はれた事に、熟慮した結果を熱辯する。
 我々民族派として「愛國」と云う言葉は沿わない。愛の裏側には必ず恨みに繋がるものがあり、可愛さ余つて憎さ百倍と云ふ事もある。
「昭和維新・尊皇討奸」をスローガンに起した二二六事件は保守愛國を掲げ、如何にも尊皇家を気取る北一輝の影響を受けた、青年将校が起したクーデターである。 此の二二六事件は昭和維新・尊皇討奸としながら失敗に終り。其の結果、叛乱罪として死刑に処された北一輝は意を理解せぬ天皇陛下を恨むと遺した。つまり北一輝は尊皇家でも無く國を憂うる人間でも無い。彼は天皇陛下を愛し國を愛してゐた似而非保守だつたのである。明治以降にもたらされた富国強兵と云う名の経済発展を画策し日本古来の民族精神を崩壊せしめむとした社会主義思想の思惑に惑はされた無知なる民族の一面である。吾吾日本の臣民は太古より神神に守られ素晴しき國に生きてゐる爲め何事に於ても性善説にて捉へてしまう。つまり社会主義、耶蘇教の如何にも萬能である「愛」なる言葉に惑はされ、「愛國」等と云ふ言葉を教育の場へと用いてしまつた結果である。然し乍ら「愛」には其の逆の恨むと云ふ事も存在するのである。然るに吾吾日本臣民には決して沿わぬ言葉であると力説する。

 亦、小林辯士は日本は如何にして生まれ、如何に育まれ、如何に素晴しき國か、神代の時代より詳細に説明し花上辯士の話を補足するが如く日本が素晴しい國であり愛するのではなく尊む、もしくは崇める可きであると説く。

 平田辯士は日本民族の根幹は神武肇國にあり、八紘為宇は民族精神の元點で有ると説く。

 山口辯士は、縷縷辯士が吾吾の住む國、日本が如何に素晴しい國であるか、而、其の素晴しさに気附かずに過してゐるか説いたのに對し。「愛國」と云ふ言葉は、明治二十年に日本の言葉辞書として初めて作られた谷川士清著書の古語・雅語、方言・俗語全てを収録したと云つても過言ではない「和訓栞」には掲載されてゐなかつた。つまり明治二十年以前には「愛國」と云ふ言葉は無かつたのである。
 花上辯士の云ふ富國強兵の下、経済発展への道すがらに社会主義思想、耶蘇教の影響を大いに受け、何時の間にか國を想ふ心は「愛國」と去れるやうになつてしまつたのである。言葉の乱れは心の乱れ服装の乱れも心の乱れ。少々位はと氣を許せば何方(いずれ)國を揺るがす大きな問題と成りかねないのである。今や國を憂う言葉は「愛國」と當然の如く云はれ崇國・敬國等と云ふ言葉は死語となり其の精神までもが 蝕まれてゐるのである。







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by iamhide3897 | 2014-06-16 20:11 | 報告 | Comments(2)

北海道

墓參訪道


紀元二千六百七十四年五月三十一日

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 一年振の訪道だ。幼少の頃育つた北の大地北海道は相變らず空の青さ、緑の爽やかな美しさ、遙かに霞む山山何をとつても雄大である。
 今囘訪道の目的は義父河野喜春大人命の法事である。義母上友子は、此處數年足が弱り墓前へ參る事が出來ないと云ふ。御年八十四にて可なり身體も弱り歩く事が苦痛に爲つたとの事である。相州に在する小生、事あるごとに行く事は容易く出來る事ではない。
 今年は義母を車で墓前へ連れ御參りする事を計畫。本來物の序でにする事は不作法とされてゐるが、そう容易に幾度も來る事は出來ないと幼少時代御世話に爲つた大和小中學校校長大澤勘太郎先生竝び御内儀ヨシ樣そして同級生の御尊母村上禮樣の墓前にて追福しやうと考へた。
 物の序でではいけないものと云はれたが、形だけでもと義父の法事前に濟ませる事とし七月一日に全てを廻る事にした。
 勘太郎先生には腕白坊主と云へば聞えはいいが單なる惡童だつた小生、御手數を掛けた事數知れず。亦、御内儀ヨシ樣には小學校四年の時、小生の勘違ひから内田先生に叱られ、勘違ひと思つてもゐなかつた小生、元來の惡童振りを發揮、惡態を吐き、更に内田先生の怒を買ふはめと爲つた。當然の如く家に歸れば母にこっ酷く叱られデレキ(ストーブの灰を掻出す先が鉤状に爲つた鐵棒)で投ぐられた。當然納得行かない小生、四邊構はず怒を遷すのだつた。其の時御内儀ヨシ樣はひとつひとつ細く小生の勘違ひを説明。誤解を解き諭して戴いた事は未だ忘れませむ。其の時は優しいおばさんだなと思つたものです。
 亦、同級生の御尊母村上禮さんは家内に云はせると戀敵ださうである。尤も冗談であるが、享年九十歳と云ふ高齡にありながら亡くなる數日前、小生洞爺湖サミットの會場ウインザーズホテルを視察し、其の足で家内と共に養老院を訪れた。其の際、素早く林檎の皮を剥き御馳走して來れたのだ。家内共共非常に驚いた程である。
 何故、小生が同級生の母親の見舞に養老院を訪れるかと云へば、此の同級生盆暮の挨拶状を出しても一度として返つて來た事は無い。其の代はりに母親の禮さんが必ず返して頂いた。其以來、禮さんは小生の文通相手と爲つてゐた事もあり、家内の戀敵發言と爲つたのである。
 閑話休題、小生の腕白惡童振りは右記した如くである。學校の通學路に村上農場の畑があり、行きに歸りに畑の作物を採つて食べ乍ら歩くのである。其もほぼ毎日、而もトマト等甘みが足りなければ一口齧つただけで捨ててしまひ次を採つて食べるのだ。
畑になるトマト、胡瓜、玉蜀黍、人參其の他諸諸、全てと云ふ程に食べ散らかすのだから農家にとつては熊、猿、鹿、カケスと云つた畑を荒す動物よりも最惡の害獸であろう。
そんな害獸に怒つて然るべきであるが、禮さんに叱られた事はない。
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 羆(ヒグマ)體長は日本に生息する陸棲哺乳類(草食獣を含む)でも最大で平均すると四百五十キログラム程であり最も大きいとされたものは七百キログラムあつたと云はれてゐる。且つ最も獰猛な種で牛の頸を一撃の下に叩き折る兇暴も性もある。
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 蝦夷鹿(エゾシカ)ニホンジカの亜種の中では最大級の大きさで、最も重いもので百七十キログラムに達する個體もゐる。因に蝦夷鹿は一日に五キログラム程を食する大食漢である。

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橿鳥(カケス)全長三十三センチ。成鳥は羽の色が美しく特に基部は黒、白、青がだんだら模樣をなし飛ぶ姿は非常に美しい。然し鳴き聲はギヤーギヤーと見た目と違ひ品が無い。且つ食性は雑食で昆虫類が主食だが果実、種子等も食べる。他の小鳥のひなを食べることもある獰猛な鳥でもある。

 ある秋、學校返りに禮さんに呼び止められた。小生等は、當然こっ酷く叱られるであらうと覺悟した。然し、禮さんはニコニコ微笑み乍ら今芋が蒸けた、唐黍が茹で上がつた。食べなさいと云つて小生等が芋や唐黍を食べる姿を觀てゐた。そして徐に樣樣な作物は土の惠み、陽の惠み、自然の惠みがあつて更に農家の努力で出來る。だから、あんた達も畑から採つて食べる時は自然の惠みと農家の人達、そして、作物の命に感謝して食べなさいと云つて微笑んだのです。
 決して畑から採つて食べては駄目だと云はず、自然と人人の努力、食物の命に感謝する事を教へて來れたのです。
 前記に記した校長先生の御内儀ヨシさん同樣、禮さんも其の時は優しいおばさんだと思つたものである。
 社會に出て樣樣な經驗をし、初めて己の人間形勢に大きな影響を與へた人物か、感謝しても感謝してもし切れる恩ではなひと感ずる。
 今、此の恩人に報いるには、ただ墓參に行くのではなく如何に己を人として成長させ後世に傳へるかが恩人に報いる唯一の事だと痛感。
 物の序でにもう一つ、小生が社會に出て初めて接した恩人が、關東を後に今現在苫小牧に在住してゐる事が解り二十數年振に訪道初日會ふ事が出來た。互に數十年の年輪が顏に刻まれてはゐたが、思ひ出話に花が咲き日にちの境を越えてしまつた。
 このやうに今囘の訪道は四泊五日の旅であったが、殆ど睡眠時間はなく酷く忙しい毎日だつた。然し、其の半面充實した日日を過す事が出來た。

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by iamhide3897 | 2014-06-08 22:47 | ぼやき | Comments(0)