虚け者のぼやき


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演説會

第佰捌囘
  愛倭塾定例
   西葛西驛演説會


紀元二千六百七十五年八月二十三日

協力團體
励志救國協議會 天照志塾

登壇辯士
☆愛倭塾理事長    平田 佐喜雄 辯士
☆天照志塾      武廣 由香子 辯士
☆天照志塾塾頭    三浦  裕之 辯士
☆愛倭塾會長附    小林  弘典 辯士
☆愛倭塾會長     山口  秀明 辯士

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平田 佐喜雄 辯士


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    武廣 由香子 辯士

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     三浦  裕之 辯士

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    小林  弘典 辯士

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    山口  秀明 辯士


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by iamhide3897 | 2015-08-23 22:38 | 報告 | Comments(0)

靖國神社とは

靖國神社

紀元二千六百七十五年八月十六日
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 昨日、七十周年の終戰の日に當り現在の平和を殘す爲、尊い命を散華され戰つて戴いた英靈の御靈へ感謝と鎭魂の誠を捧げる爲、英靈が祀られる靖國神社へ參拜。
 抑も此の靖國神社は、江戸時代の幕末、長州藩に結成された奇兵隊士の霊を弔ふ爲めに、高杉晋作が招魂社造營を發議した事に始る。其の後、戊辰戰爭の後に、官軍(薩摩、長州、土佐、肥前四藩)将校の招魂祭を江戸城で行ふと共に、京都東山で官軍の戰死者を祀つた。
 此を機に、幕末、明治御維新期の戰歿者を慰霊、顕彰する動きが全國的に活發になり、日本陸軍の創始者である大村益次郎が 明治天皇へ東京に招魂社を創建する事を獻策した。
明治天皇は、現在の東京・北九段に「東京招魂社」を創建し、戊辰戰爭の戰歿者三千五百八十八柱を合祀し、本殿竣工を三年後とした。その後一八七九年に、軍直轄だった東京招魂社は、『春秋左氏伝』第六巻僖公二十三年秋条の「吾以靖國也」を典拠として明治十二年  明治天皇が命名「靖國神社」と改称されたのである。 右記ものは誰もが知り得る所であらう。では靖國神社とは如何なる處であらうか?
 靖國神社に祀られる御祭神は「忠霊」・「忠魂」と當初は稱されてゐたが、明治三十七年から翌年にかけての日露戰爭を機に新たに「英霊」と稱されるやうになつた。
 然れば御祭神を「忠霊」・「忠魂」「英霊」と祀る場なれば粛然たる場で無ければ爲らぬであらう。
英靈は壯絶なる戰ひのなか尊き命を散華され、此の國を護り拔いた。爲れば歸幽された後には靜寂を望むであらう事は相違ない。
 現在を生きる我我日本國民は、常に英靈に感謝と鎭魂を捧げる可きであり、英靈の望む靜寂を如何なる事が有らうとも護る可きであらう。
 其の靜寂の場でなければならぬ靖國神社が、事ある毎に靜寂を破られ罵聲が飛び交ひ血で汚されてゐる。神聖なる場を護らむが爲とは云ふものの喧騒の中心にゐるのが、誠を捧げる可き民族派有志と云ふのは嘆かわしき事であらう。
 確かに戰後七十周年の今年、第二鳥居前で、韓國人が太極旗を掲げるパフオーマンスを行ひ騷然となつた。どのやうな意圖があり行つたかは知る由もなひが、決して好意的行動ではなひだらう。然し乍ら此の韓國人に民族派有志が俄然掴み掛かり排除しやうとするのは如何なものであらう。
 決して此の韓國人の好意は容認するものではないが、境内の中に入り經を大聲で讀む僧侶は許し太極旗を掲げる韓國人は許さないと云ふのは理解に苦しむ。神社が系風を守らんとするならば、僧侶が戰後七十年の終戰記念日に、多くの國民が参拝をしてゐる最中、經を大聲で讀む僧侶を靖國神社が放置してゐる事の方が信じられぬ。 本來、靖國神社の系風を汚す者は神社側の警備、若しくは公安當局、警視廳機動隊が排除す可きであり、我我は飽く迄英靈に對し感謝と鎭魂を捧ぐ可く、粛然たる場を貫くのが民族派の責務と信ずる。


第二參門風景
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by iamhide3897 | 2015-08-16 21:16 | ぼやき | Comments(0)

終戰祈念の日

靖國神社參拜

紀元二千六百七十五年八月十五日
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 終戰の日に當り英靈の祀られる靖國神社を參拜。
 時局對策協議會一同、日本誠龍社貴田會長の御盡力にて英靈の御靈に對し感謝と鎭魂の參拜をする。
 昇殿參拜を濟ませ正午の時報と共に國歌齊唱、英靈の御靈に默祷を捧げる。
天皇陛下の全國戰歿者追悼式での御言葉が境内に流れ一同正體の上拜聽。
 遊就館前にて集合寫眞を撮り各自談話。

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昇殿參拜の控へ室模樣
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劍山塾杉山塾頭を圍む
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時對協福田議長と劍山塾杉山塾頭







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by iamhide3897 | 2015-08-15 21:24 | 報告 | Comments(0)

御靈祀り

葉月御靈祀り
 出雲大社相模分祀

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紀元二千六百七十五年八月二日

 早朝から氣温は鰻昇りに上り、正午には三十二度を越えた。
 午後三時から始る御靈祀りに參加する可く小林同志と共に秦野市にある出雲大社相模分祀へと訪れる。
 本日は祭祀開始時間間際到着、慌ただしく受付を行ひ祭祀に望む。祭祀は嚴格且つ肅肅と進み相原修大人命、實父彌吉郎大人命、河野喜春大人命、小林家先祖代代の御靈に對し慰靈を捧げる。
 祭祀終了後、本日の祭主を勤めた草山副分祀長の話は御盆に纏る由來の話となつた。元來御盆とは神道の祀りで佛敎に於ては支那佛敎、印度佛敎には無いものであり日本獨特のものであるとの事であつた。以前日本の御盆は佛敎の式たりに於て先祖を迎へる祀りとして行はれてゐると思つてゐた。然し、本來神道に於て行はれ佛敎傳來の際日本國民に佛敎は受け容れられず日本の風習を取入れ現在では如何にも佛敎の式たりの如く云はれてゐる。
 而、草山副分祀長の云はむとする意は決して佛敎を否定するものではなく、佛敎が日本傳來に於て受け容れ難く神道の習を取入れ布教した事により現在は普及してゐると云ふ事であらう。
 然し、拙生は決して佛敎の信者がゐるとは思はない。何故なら佛敎にも各宗派が有り、夫夫に檀家と云はれる人人がゐるが、話して見れば其の宗教を信じてゐるかと云へば決して信じてゐる譯ではない。先祖から其の檀家に爲つてゐるだけであり、江戸時代に幕府の庶民統轄に寺を利用した事で佛敎葬儀が普及したのだ。
 謂はば先祖の靈を人質に取り生業を行つてゐるのが寺であり、譯の解らない戒名等と金額により位を附け莫大な金錢を要求するのが現在の佛敎であると拙生は信ずる。
 閑話休題、草山副分祀長の話に戻せば御盆は舊暦行ふ地方と新暦に行ふ地方が有るが本來は暑い次期が過ぎ涼しく爲つた時、御先祖を御迎へし一時の安らぎを持つて貰ふ慣はしが御盆であると云ふ。此處秦野市では舊暦の文月七月に行ふが一般的には葉月八月に行ふ所が多い。
 夏休みと重なり各地に於て行はれる夏祭と御盆は賑ふ事でせう。皆樣も門口に迎へ火を焚き御先祖を御迎へし鋭氣を戴いてくださいとの高話で有つた。
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by iamhide3897 | 2015-08-03 00:37 | 報告 | Comments(0)