
虚け者のぼやき
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◎定例演説会.
第八十八囘
西葛西驛南口
定例演説會
紀元二千六百七十三年十月二十七日

協力團體
皇国同志会
個人參加 國士館大學學生
登壇辯士
愛倭塾 小林 宏典 辯士
愛倭塾 平田佐喜雄 辯士
國士館大學學生 松田 晃平 辯士
皇國同志會 花上 功 辯士
愛倭塾 山口 秀明 辯士
本日も定刻より演説會は平田辯士の國民儀礼から始まる。
次に小林辯士の教育に關する敕語捧讀と續いて、更に小林辯士主張と進む。

小林辯士は日本人の持つDNAは如何なるものであるのか、更には日本の本質は何処にあるのかを神代の時代、つまり神話から話し現代身近にある事柄に例へ聽衆に解り易く訴へてゐた。

二番手に登壇したのは平田辯士。道義道徳を得意分野とし、日本肇國の理念は世界に誇る可き道義道徳であつた。
二千六百七十三年前 神武天皇が御示しになつた敕語が八紘爲宇。簡單に云へば一つ屋根の下皆仲良く暮らさう。白人も國人も更に黄色人種、植物、動物全て生けるもの全てが互を思ひ遣り平和に暮らさうとの理念である。
今現在、どうであらうか戰後敗戰史觀に依る教育は、神道廢止令をもつて日本の根幹をも搖がすが如く信仰心を破潰したのである。亦、國體である一君萬民と云ふ一枚岩の結束をも破潰したのである。當然の如く自由主義、民主主義なる西洋氣觸れの教育と云ふ名の洗腦により本來ある可き姿の日本は影を潛めてしまつた。
依つて本來の日本の國體を取り戻す爲め、日教組教育を改めDNAを呼び醒ます教育を施さねば爲らないと説く。

三蟠手に登壇したのは國士館大學學生の松田辯士である。彼の主張はやはり本來の日本とは歴史を繙けば神國である事が解ると云ふ。學生と云ふ事もあり話す言葉は一般の人へ解り易いと云ふ可きか柔いと云ふ可きなのか定ではないが聽衆の目を引いてゐた。

丁度松田辯士が登壇してゐる時、八十を越えたと思はれる御高齡の上品な御婦人が聲を掛けて來た。聽けば亡くなられた御主人は、海軍兵學校出身で終戰間際、人間魚雷囘轉の訓練を受け終戰を迎へて後に平和活動に從事した方の奥方樣と云ふ。
貴方方は何を訴へてゐるのかと尋ねられ。吾吾は日本の歴史を繙き、日本の素晴しさと優れた精神文化を持つ日本人の誇を説き、後世に傳へる活動を行つてゐます。と云へば、突如として形相まで變へ「御互に思ひ遣る事を廣めなければならない」と云ふ。當然吾吾の目的達成の課程に右記示した事を含め相互愛は必要不可缺なものとしてありますと應へれば、教育、躾の至らなさを云ふ。揚げ句叱咤激勵のつもりなのか、街頭演説を辭めろと云ひ出し、小生は苦言を呈する人こそが吾が寶と思つてはゐるが、流石に
天皇陛下、天照大御神までを高壓的押付けとし云ふ可きではないと云ふのには、例へ御高齡の御婦人であらうとも受入れ兼ねるのである。
結局何を云はむとしてゐたか、考へて見れば、親への感謝、意に報いた者への感謝がなひと云ふ。更に云へば息子と嫁が御婦人を何に付けても年寄扱ひ敬意全く見られないと零してゐたに過ぎぬのであつた。

花上會長は四番手の辯士として登壇。先日十六日御尊父が歸幽された許りにも拘らず應援に駈附けて戴いた。
憲法改正を訴へ、近隣諸國との緊迫した状況を打破する爲め憲法改正は必要と説く。

山口辯士は縷々辯士が訴へた總括と云ふ可きなのか、何時もの事と云ふ可きかは定ではないが、日本は如何なる國なのか!!
將又、日本人とは如何なる民族なのか!!
歴史を顧みれば、自づと吾吾は八百萬の神々何れかの子孫である事が解る。
伊邪那岐の命伊邪那美の命二柱の御産みに爲られた 天照大御神は日本の神として肇國以前から神代の時代を神話として代々言傳へられて來た。日本の神話を事實無根とする考へもある事は確かである。然し、何を以て事實無根とするかは這つ切りとした證據もないのである。他國と比較せば支那等の歴史は四千年と云はれるが、支那の歴史は數百年と證明する證據が彼等支那人が云ふ歴史書である。つまり數千年前には書物等はなく、竹簡と云はれる竹を薄く削り繋ぎ合はせ記録したものが殘されてゐるのだ。
然し、此も亦殘された記録が事實か否かは信ずるか否かである。つまり日本の神話と云ふ言傳へを信ずるか否かと爲れば、日本人であるならば信ずるであらう。支那人が竹簡を信ずるやうに、吾吾日本人も神話を信じ日本の恆久平和を構築す可く務める事が肝要であらう。
今現在、世界情勢を見ても解るやうに、生きる爲に他を殺す事が正義とされる民族。殺さないまでも霸權主義を用て支配、奴隸、植民地とする民族ばかり。其の中にあつて吾國は神代の時代から言傳へられた道義道徳が、 神武天皇肇國の詔「八紘爲宇」である。
夫夫の民族が主張する歴史を顧み比較した時、文明等は如何に樂をする爲に生れた文化であり利益利害を基調としたものである事明明白白である。然し吾が民族は利益等と云ふものには目もくれず精神文化を育んだのである。然し乍ら逆を云へば精神文化を育む事で文明は西洋に比べ遙かに及ばぬ事となつたのも歪める事は出來ない。
長い歴史の其の結果、一昨年の東日本大震災で日本民族の素晴しさは世界中から稱贊される事と爲つた。亦、支那漁船に依る海上保安廳巡視船への體當たり事件の際、支那共産黨幹部が道義道徳に至つては日本に到底敵ふものではないと云つたさうだ。
亦、先進國數ヵ國は日本の教育敕語を規範とした道徳教育をしてゐると云はれてゐる。つまり日本の素晴しさを認め稱贊してゐるが、當の日本が戰後史觀に捉はれ、コミンテルの走狗となつてゐる日本教職員組合の施した教育と云ふ名の洗腦が日本精神文化を催眠させてゐるのである。
今將に催眠から覺醒させる事で皇國日本は世界の先驅者と爲るであらうと聲を上げてゐた。

本日は臨海地區にて市民マラソンが行はれたとの事で歸りの人々の多い事驚く程であつた。
秋は何處へ行つたか眞夏日か過ぎたかと思へば突如として冬の氣配が漂ふ季節と爲つてゐた日であつた。
西葛西驛南口
定例演説會
紀元二千六百七十三年十月二十七日

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皇国同志会
個人參加 國士館大學學生
登壇辯士
愛倭塾 小林 宏典 辯士
愛倭塾 平田佐喜雄 辯士
國士館大學學生 松田 晃平 辯士
皇國同志會 花上 功 辯士
愛倭塾 山口 秀明 辯士
本日も定刻より演説會は平田辯士の國民儀礼から始まる。
次に小林辯士の教育に關する敕語捧讀と續いて、更に小林辯士主張と進む。

小林辯士は日本人の持つDNAは如何なるものであるのか、更には日本の本質は何処にあるのかを神代の時代、つまり神話から話し現代身近にある事柄に例へ聽衆に解り易く訴へてゐた。

二番手に登壇したのは平田辯士。道義道徳を得意分野とし、日本肇國の理念は世界に誇る可き道義道徳であつた。
二千六百七十三年前 神武天皇が御示しになつた敕語が八紘爲宇。簡單に云へば一つ屋根の下皆仲良く暮らさう。白人も國人も更に黄色人種、植物、動物全て生けるもの全てが互を思ひ遣り平和に暮らさうとの理念である。
今現在、どうであらうか戰後敗戰史觀に依る教育は、神道廢止令をもつて日本の根幹をも搖がすが如く信仰心を破潰したのである。亦、國體である一君萬民と云ふ一枚岩の結束をも破潰したのである。當然の如く自由主義、民主主義なる西洋氣觸れの教育と云ふ名の洗腦により本來ある可き姿の日本は影を潛めてしまつた。
依つて本來の日本の國體を取り戻す爲め、日教組教育を改めDNAを呼び醒ます教育を施さねば爲らないと説く。

三蟠手に登壇したのは國士館大學學生の松田辯士である。彼の主張はやはり本來の日本とは歴史を繙けば神國である事が解ると云ふ。學生と云ふ事もあり話す言葉は一般の人へ解り易いと云ふ可きか柔いと云ふ可きなのか定ではないが聽衆の目を引いてゐた。

丁度松田辯士が登壇してゐる時、八十を越えたと思はれる御高齡の上品な御婦人が聲を掛けて來た。聽けば亡くなられた御主人は、海軍兵學校出身で終戰間際、人間魚雷囘轉の訓練を受け終戰を迎へて後に平和活動に從事した方の奥方樣と云ふ。
貴方方は何を訴へてゐるのかと尋ねられ。吾吾は日本の歴史を繙き、日本の素晴しさと優れた精神文化を持つ日本人の誇を説き、後世に傳へる活動を行つてゐます。と云へば、突如として形相まで變へ「御互に思ひ遣る事を廣めなければならない」と云ふ。當然吾吾の目的達成の課程に右記示した事を含め相互愛は必要不可缺なものとしてありますと應へれば、教育、躾の至らなさを云ふ。揚げ句叱咤激勵のつもりなのか、街頭演説を辭めろと云ひ出し、小生は苦言を呈する人こそが吾が寶と思つてはゐるが、流石に
天皇陛下、天照大御神までを高壓的押付けとし云ふ可きではないと云ふのには、例へ御高齡の御婦人であらうとも受入れ兼ねるのである。
結局何を云はむとしてゐたか、考へて見れば、親への感謝、意に報いた者への感謝がなひと云ふ。更に云へば息子と嫁が御婦人を何に付けても年寄扱ひ敬意全く見られないと零してゐたに過ぎぬのであつた。

花上會長は四番手の辯士として登壇。先日十六日御尊父が歸幽された許りにも拘らず應援に駈附けて戴いた。
憲法改正を訴へ、近隣諸國との緊迫した状況を打破する爲め憲法改正は必要と説く。

山口辯士は縷々辯士が訴へた總括と云ふ可きなのか、何時もの事と云ふ可きかは定ではないが、日本は如何なる國なのか!!
將又、日本人とは如何なる民族なのか!!
歴史を顧みれば、自づと吾吾は八百萬の神々何れかの子孫である事が解る。
伊邪那岐の命伊邪那美の命二柱の御産みに爲られた 天照大御神は日本の神として肇國以前から神代の時代を神話として代々言傳へられて來た。日本の神話を事實無根とする考へもある事は確かである。然し、何を以て事實無根とするかは這つ切りとした證據もないのである。他國と比較せば支那等の歴史は四千年と云はれるが、支那の歴史は數百年と證明する證據が彼等支那人が云ふ歴史書である。つまり數千年前には書物等はなく、竹簡と云はれる竹を薄く削り繋ぎ合はせ記録したものが殘されてゐるのだ。
然し、此も亦殘された記録が事實か否かは信ずるか否かである。つまり日本の神話と云ふ言傳へを信ずるか否かと爲れば、日本人であるならば信ずるであらう。支那人が竹簡を信ずるやうに、吾吾日本人も神話を信じ日本の恆久平和を構築す可く務める事が肝要であらう。
今現在、世界情勢を見ても解るやうに、生きる爲に他を殺す事が正義とされる民族。殺さないまでも霸權主義を用て支配、奴隸、植民地とする民族ばかり。其の中にあつて吾國は神代の時代から言傳へられた道義道徳が、 神武天皇肇國の詔「八紘爲宇」である。
夫夫の民族が主張する歴史を顧み比較した時、文明等は如何に樂をする爲に生れた文化であり利益利害を基調としたものである事明明白白である。然し吾が民族は利益等と云ふものには目もくれず精神文化を育んだのである。然し乍ら逆を云へば精神文化を育む事で文明は西洋に比べ遙かに及ばぬ事となつたのも歪める事は出來ない。
長い歴史の其の結果、一昨年の東日本大震災で日本民族の素晴しさは世界中から稱贊される事と爲つた。亦、支那漁船に依る海上保安廳巡視船への體當たり事件の際、支那共産黨幹部が道義道徳に至つては日本に到底敵ふものではないと云つたさうだ。
亦、先進國數ヵ國は日本の教育敕語を規範とした道徳教育をしてゐると云はれてゐる。つまり日本の素晴しさを認め稱贊してゐるが、當の日本が戰後史觀に捉はれ、コミンテルの走狗となつてゐる日本教職員組合の施した教育と云ふ名の洗腦が日本精神文化を催眠させてゐるのである。
今將に催眠から覺醒させる事で皇國日本は世界の先驅者と爲るであらうと聲を上げてゐた。

本日は臨海地區にて市民マラソンが行はれたとの事で歸りの人々の多い事驚く程であつた。
秋は何處へ行つたか眞夏日か過ぎたかと思へば突如として冬の氣配が漂ふ季節と爲つてゐた日であつた。
by iamhide3897
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