
虚け者のぼやき
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御伊勢参り
本居宣長記念館
紀元二千六百七十四年七月二十日

皇太神宮の參拜を終へ宿へ向ふが、些か宿へ入るには早過ぎ、如何なる暇潰しをと考へた處、本居宣長翁の出生地が松坂である事を思ひ出し、我我の學ぶ可き國體の基礎、國學。其の國學四大人の一人本居宣長翁である。是は暇潰しどころの話ではないと云ふ事となり、是が非にも其の足迹を辿らなければならぬと記念館を探す事にした。
然し、先づは腹拵へ。伊勢路は鰻の看板が可なり目立つ名物なのであらうか。
鰻と云へば小生は濱名湖、つまり濱松産、三河一色産、鹿兒島産と此のやうな所であらうと思つてゐたのだが伊勢路を走つてゐるとやたら鰻の看板が目につくのだ。聞けば孝行鰻なる昔噺があり其の名殘が現在伊勢市内に五十件程の鰻料理屋が有るさうだ。
閑話休題、結局鰻を食べる事となり、一件目の御店は店の外まで行列が出來てゐてとても待つて迄食べる氣に爲らず次へと向ふ。連休の中日とあつて何處も一杯である。此處ならばと言ふ所を何とか見つけ入つたが、食べ物は如何に腹が減つたからと云へども絶對に焦りは禁物である。單なる餌さを食した氣分、最惡だ。
取り敢へず・・・・・・・・腹は充たした。記念館目差し進めば松坂祇園祭りへと打ち當る。祭りは遊び記念館は學びに繋がると氣を取直す。
本居宣長翁の足迹を求めて一同目を輝かせ無言で記念館を拜觀。又、館の外には舊本居邸があり拜觀。翁の生活の一端を覗き觀る。とても現代人には絶え難き生活であつたであらう。然し乍ら其の生活も如何に自然と融合してゐたか、將た又現代人は、と云ふより己自身が如何に贅澤と云ふか爲體無な生活をしてゐるか良く解るのである・・・國學以前に己の生活に對する姿勢を猛省。
古來より脈々と傳はる自然情緒や精神を第一義とし、外來的な儒教の教へ「漢意」を自然に背く考へであると非難し、中華文明や思想を尊重し儒教を學ばざるして武士と云はざるとする荻生徂徠を批判した。「儒者の皇國の事をば知らずとてある事」つまり、日本の漢學者に日本の事を尋ねるに、知らぬと稱して一向に恥としない。支那の事を問ふと、知らぬと云ふ事を非常に恥に思つて、知らぬ事でも、知つたかぶりに喋つて胡麻化す。亦、擧句には其の身を支那人らしく着るものまで變へ日本の事をまるで外國の如く取り扱ふのである。是は本居宣長翁の隨筆書玉勝間に書かれてゐる事であるが小生も全く同感である。
今將に報道を觀てゐれば、玉勝間に書かれてゐる事が當てはまる事案が、往々にして横行してゐるではないか。是は當に本居宣長翁が數百年先をも觀てゐたと云ふ事であらう。





紀元二千六百七十四年七月二十日

皇太神宮の參拜を終へ宿へ向ふが、些か宿へ入るには早過ぎ、如何なる暇潰しをと考へた處、本居宣長翁の出生地が松坂である事を思ひ出し、我我の學ぶ可き國體の基礎、國學。其の國學四大人の一人本居宣長翁である。是は暇潰しどころの話ではないと云ふ事となり、是が非にも其の足迹を辿らなければならぬと記念館を探す事にした。
然し、先づは腹拵へ。伊勢路は鰻の看板が可なり目立つ名物なのであらうか。
鰻と云へば小生は濱名湖、つまり濱松産、三河一色産、鹿兒島産と此のやうな所であらうと思つてゐたのだが伊勢路を走つてゐるとやたら鰻の看板が目につくのだ。聞けば孝行鰻なる昔噺があり其の名殘が現在伊勢市内に五十件程の鰻料理屋が有るさうだ。
閑話休題、結局鰻を食べる事となり、一件目の御店は店の外まで行列が出來てゐてとても待つて迄食べる氣に爲らず次へと向ふ。連休の中日とあつて何處も一杯である。此處ならばと言ふ所を何とか見つけ入つたが、食べ物は如何に腹が減つたからと云へども絶對に焦りは禁物である。單なる餌さを食した氣分、最惡だ。
取り敢へず・・・・・・・・腹は充たした。記念館目差し進めば松坂祇園祭りへと打ち當る。祭りは遊び記念館は學びに繋がると氣を取直す。
本居宣長翁の足迹を求めて一同目を輝かせ無言で記念館を拜觀。又、館の外には舊本居邸があり拜觀。翁の生活の一端を覗き觀る。とても現代人には絶え難き生活であつたであらう。然し乍ら其の生活も如何に自然と融合してゐたか、將た又現代人は、と云ふより己自身が如何に贅澤と云ふか爲體無な生活をしてゐるか良く解るのである・・・國學以前に己の生活に對する姿勢を猛省。
古來より脈々と傳はる自然情緒や精神を第一義とし、外來的な儒教の教へ「漢意」を自然に背く考へであると非難し、中華文明や思想を尊重し儒教を學ばざるして武士と云はざるとする荻生徂徠を批判した。「儒者の皇國の事をば知らずとてある事」つまり、日本の漢學者に日本の事を尋ねるに、知らぬと稱して一向に恥としない。支那の事を問ふと、知らぬと云ふ事を非常に恥に思つて、知らぬ事でも、知つたかぶりに喋つて胡麻化す。亦、擧句には其の身を支那人らしく着るものまで變へ日本の事をまるで外國の如く取り扱ふのである。是は本居宣長翁の隨筆書玉勝間に書かれてゐる事であるが小生も全く同感である。
今將に報道を觀てゐれば、玉勝間に書かれてゐる事が當てはまる事案が、往々にして横行してゐるではないか。是は當に本居宣長翁が數百年先をも觀てゐたと云ふ事であらう。





by iamhide3897
| 2014-07-25 18:59
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