
虚け者のぼやき
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正しき發想點
「 凛として愛」を
更めて見る。
紀元二千六百七十五年七月十一日

今囘、備中處士翁の電信書を觀て再度「凜として愛」を尊皇派末席の一人として觀た。
更めて見る。
紀元二千六百七十五年七月十一日

今囘、備中處士翁の電信書を觀て再度「凜として愛」を尊皇派末席の一人として觀た。
正直な所、摂生も備中處士翁の茫然自失する二人の右翼同然、永遠の零を観て感動したことは事實である。然し乍ら彼等二人と拙生の感動は違ふものと思ふ。命の尊さを訴へる作風は理解するも稱讚するに値しない。然し作品の裏側に追ひやられたその尊い命を子々孫々に日本の國體、民族の魂を繋ぐ爲め散華させた先人英靈の思ひに感動。涙すると共に己の腑甲斐なさを思ひ知らされた。
この作品は、家族の爲にと言い乍ら一個人の願望を充たす爲の戰ひであり戰後GHQにより美名の基に與へられた民主主義に訴へるものである。決して國體を守るが爲、日本古來の民族精神に訴へるものではない。
神國日本の儼然たる民族の忠義心、神代から連なる國體を守る爲、癈ひては家族隣人を守らむが爲め、尊い命を散華された靖國神社に祀られる英靈御靈の魂の戰ひに感動したのだ。
國民を守る爲、國家を守る爲めと發想點が違へば全く違ふものになる。國民を守ることと國家を護ることは全く違ふ。敗戰の後、打拉がれる國民に民主主義と言ふものをGHQに依つて美名の基に導入、個人を否定する惡辣な戰ひを國民に強ひいた戰爭であつたが如く洗腦したのである。
極東軍事裁判に依つて捏造された歴史を基に作られた現行教育に惑はされることなく命を以て我々現代に生きる者を守る為國の歴史、傳當文化守り頂いた先人の御靈を信ずることがこれからの日本を創ることに繋がる。
戰爭に負けると言ふことは言われなき罪をも着せられる。亦、敗戰國の悲慘な宿命なのかもしれない、然し日本の悠久の歴史を顧みれば幾多の國難をも勇氣を以て克服して來た國であり民族である。このことを厳しくも再認識させられたものである。
神國日本の儼然たる民族の忠義心、神代から連なる國體を守る爲、癈ひては家族隣人を守らむが爲め、尊い命を散華された靖國神社に祀られる英靈御靈の魂の戰ひに感動したのだ。
國民を守る爲、國家を守る爲めと發想點が違へば全く違ふものになる。國民を守ることと國家を護ることは全く違ふ。敗戰の後、打拉がれる國民に民主主義と言ふものをGHQに依つて美名の基に導入、個人を否定する惡辣な戰ひを國民に強ひいた戰爭であつたが如く洗腦したのである。
極東軍事裁判に依つて捏造された歴史を基に作られた現行教育に惑はされることなく命を以て我々現代に生きる者を守る為國の歴史、傳當文化守り頂いた先人の御靈を信ずることがこれからの日本を創ることに繋がる。
戰爭に負けると言ふことは言われなき罪をも着せられる。亦、敗戰國の悲慘な宿命なのかもしれない、然し日本の悠久の歴史を顧みれば幾多の國難をも勇氣を以て克服して來た國であり民族である。このことを厳しくも再認識させられたものである。
我々臣民は、尊皇崇國の信念の下物事に對處することで自づと先人の意思を繼ぐ事となるであらう。
by iamhide3897
| 2015-07-11 10:25
| ぼやき
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