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虚け者のぼやき


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演説會

第佰肆拾參囘





愛倭塾





西葛西驛南口驛頭





定例演説會






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紀元二千六百七十八年十一月二十八五日






☆協力團體☆





☆大日本文庫






☆皇國同志會






☆盛道烈士會








☆登壇辯士☆






☆愛倭塾 小林 宏典 辯士






☆大日本文庫      加藤 昭男 辯士






☆愛倭塾        平田佐喜雄 辯士






☆皇國同志會會長    花上  功  辯士






☆盛道烈士會會長    盛  義一 辯士






☆愛倭塾        山口 秀明 辯士








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小林 宏典 辯士





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加藤 昭男 辯士






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平田佐喜雄 辯士






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花上  功  辯士






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盛  義一 辯士







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山口 秀明 辯士


本日は今季初の冷え込みが強い日であつたが、辯士一同熱い訴

へをしてゐた。

幣塾演説會は、日本の本來ある可き姿に戻したいと云ふ願ひを、

如何に實現明い希望を持てるやう共に考へる爲に行つてゐる。

現状、日本の國際的立場は決して状況下にあるとは云へない

だろう。安倍總理と米國大統領トランプとの間がマスメデアで云は

れる程良好ではない。亦、露西亞プーチン大統領との間で行は

れた首腦會談に於ても與黨は樂觀視してゐるが、北方領土問題

は不明瞭に成つてゐる。隣國韓國の間には、不法占據されて

ゐる竹島の問題から始り、有もしない従軍慰安婦問題、解決

濟みの徴用工問題其の他、二國間に於て戰後處理が既に終へ

てゐる筈の問題が再發してゐる。更に國内に於ては、與黨に

依つて國會の強行採決が行はれ、外國人勞働者受け容れに關

する法案やPFI法が可決成立し、水道が民營化されやうと

してゐる。

此は全て經濟を優先し、本來日本の持つ御國柄民族性を疎か

にしてゐる事から始つてゐる。

本來神代から傳へられた教へ、其の教へに依つて育まれた精

神文化を嚴格に發揮する事で問題の殆どは解決されるであら

う。

精神文化の一つに互を思ひ遣る、亦弱いものに對する思ひ遣

り「惻隱の情」がある。


日本肇國以來數度、諸外國との戰爭を行なつたが連戰連勝を

重ね、唯一大東亞戰爭には奇しくも敗戰を味はふ結果となつ

たが、戰爭と云ふものは人間の精神を異常な状態にするもの

である。日本のやうに武器を作る爲の資源に乏しく兵力が劣

る國は神代から傳はる教へを基に精神力で戰ふ以外ないので

ある。敗戰した大東亞戰爭は戰ふ相手が聯合國となれば當然

の如く、兵力武力共に日本は比較に成らぬ程劣つてゐた。

然し、日本はハルノートを押附けられ「戰ふも亡國戰はざる

も亡國」と云ふ状態に追ひやられたのである。苦戰を強ひら

れ食糧、兵器が竭き戰ひの中、精神状態を正常を保つ事は難

しい事であつたであらう。亜米利加を始めとする聯合國は短

期間の内に勝利出來ると踏んだのだつたが、敗戰まで葯四年

戰ひ續けたのである。

其は日本がの精神文化が育んで來た精神力であり、戰後聯合

國は日本の精神文化を最も恐れ、日本弱體化政策の中で精神

文化破壞を最優先とした程である。

 亦、戰時中海軍兵學校にて當時、校長であつた鈴木貫太郎

は「惻隱の情」を強く教へ、誇り高き武士道と稱讚された事

柄が多くあつた。

 大日本帝國海軍工藤俊作中佐、北支那方面軍司令官、元陸

軍中将根元博、大日本帝國陸軍中川州男大佐其の他、「惻

隱の情」の教へを苦戰を強ひられ異常な状態に有りながら強

く貫いたのだ。

 工藤艦長は昭和十七年、驅逐艦「雷」にてスラバヤ沖海戰

の掃討戰に於いて撃沈された英海軍重巡「エクセター」英駆

逐艦「エンカウンター」等の乘組員四百二十二名を敵潛水艦

の魚雷攻撃の危險を侵し救助した。 當時は敵兵を救助す

るなどと云ふ行爲に對し「非國民」と云ふ拭ひ切れない汚名

を受ける事になる。然し、工藤艦長は敢て鈴木貫太郎校長の

教へ「惻隱の情」を實踐した。

「惻隱の情」とは例へ敵兵であらうが鬪ひが終へた後は、御

互の健鬪を讚へ勝者が敗者に對し敬意をはらい思ひやる心。

弱者に對する思ひやりの心。武士道の眞髓に他ならない。更

に工藤艦長は、救助されたと云へ捕虜に變りはなく怯える敵

海兵將校を全て集め「貴方達は御國の爲、勇敢に鬪つた誇あ

る勇士である。貴方方は當艦の名譽あるゲストである」と決

して捕虜と云はず勇者に敬意を示した。此も亦、武士道の一

節にある「勇者は勇者を認む」を實踐したのである。

 根元中將は邦人を守りながら戰勝國となつた中華民國蒋介

石總統に交渉し、在留日本人四萬人の内地歸還と北支那方面

の三十五萬将兵の復員を終らせ、最後の船で歸國した。此の

事で根元博は軍民合せ三十九萬人の命を救つてくれた蒋介石

に生涯恩誼に感ずるとしてゐた。支那に於て昭和二年から始

つてゐた國共内戰が一時大東亞戰爭により中斷してゐたが

再發。

 恩誼ある蒋介石が窮地に立たされてゐると聞き、矢も楯も

おられず明石元長の畫策にて宮崎港を出港つまり密出國であ

る。最短ルートを取り臺灣北部基隆(キールン)港へ十四日

を掛け上陸した。

 根元は家族に密航幇助の罪が及ぶ事を恐れ、一言も話さず

家を出る際には愛用の釣竿一本を携へ釣に行くと云つて其の

儘吉本是二と共に福岡へ向つたのである。 根元は臺灣名

「林保源」吉本は「林良材」と名を變へ湯恩伯の第五軍管區

司令官顧問、中将に任命された。亦、湯恩伯は根本を「顧問

閣下」と呼び禮遇した。

 根元は大軍勢を相手に厦門(アモイ)での鬪ひは、條件

不利として放棄し、金門島を據點とする事を提案、直接指導

に当たつた。

 程なく國府軍は厦門(アモイ)を失陥。金門島での決戰が

迫る中、根本は塹壕戦を指導、十月二十四日、金門島におけ

る古寧頭戦役を指揮、上陸してきた中國人民解放軍を撃破、

同島を死守したのである。

 此の戰の際、人民解放軍を敢て上陸させ乘つて來た船を攻

撃燒はらい後續を絶つ作戰に出た。更に激戰の末人民軍を島

北西部にあるコノエイ村に追ひ詰めた。國府軍は集中砲火を

浴びせ撃滅する作戰をとるとしたが、根元は村人にも死傷者

が出る。村人の命は守る可きだとして猛反對した。

 中川州男大佐はパラを統治した際、現地先住民には友達、

仲間と差別する事無く接しスペインやドイツ植民地時代には

同室にゐるなど有り得なかつた。亦、共に呑み、共に歌ふ酒

盛をし、日本人は差別しないと徐々に受け容れられるやうに

なつた。

 子供達の學校教育もパラオの文化を守り乍ら共に歌ひ共に

學びと日本語も教へ、公用語として受け容れられた。其の

事で未だパラオでは日本語の歌や名前が存在してゐる。

 大東亞戰爭末期には南洋群島周邊では烈しい戰が數多くあ

り。ペリリュー島に於ても日米兩軍の壯絶な七十三日間にも

及ぶ戰ひが有りました。

 米軍は、日本軍の兵力の約四倍・航空機二百倍・戰車十倍

重火砲百倍以上の壓倒的軍事力で總攻撃をすると情報に島民

は仲間と話合つた結果、代表數人と共に守備隊隊長中川州男

(くにお)大佐を訪れ、「私達も仲間として共に戰はして欲しい」

と申出をした。

其を聞くなり中川大佐は激昂し「帝國軍人がきさまら土人と

一緒に戰へるか」と叫んだ。

日本人は仲間だ友達だと云ひ乍ら見せ掛けだけで、我我を欺

いてゐたのかと島民は裏切られた氣持に涙を流した。

 空襲を避ける爲、島民全てが強制疎開に船に乘り島を去る

夜、日本兵は誰一人見送りに來ない。島の若者達は、悄然

と船に乘込んだ。

 然し、船が島を離れた瞬間に日本兵全員が夜の濱に走り出

て來て、一緒に歌つた唄を歌ひ乍ら手を振つて彼らを見送つ

てゐた。

 月の光に照された其の先には、先頭に立ち笑顏で手を振る

あの守備隊長中川大佐がゐた。

其の瞬間、あの言葉は自分達を戰火に交へる事なく救ふ爲だ

つたと悟つた。

此のやうに、日本民族は神代から傳へ育まれた民族精神は、

素晴しき行なひをし日本國民として被ろく世界に誇れるもの

である。

此の民族精神を嚴格に發揮する事で、諸問題全てに對應して

行く事が出來ると信ずる。
















協力團體皆樣竝び參加會員御苦勞樣でした















































































by iamhide3897 | 2018-11-27 19:55 | 報告 | Comments(0)