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虚け者のぼやき

新型コロナウイルスの

   問題




令和二年五月六日 (紀元二仟六百八十年五月六日)







        武漢のウイルス研究所





 現在、世間を騷がす問題として支那武漢で發生した新型コロナウ

イルスの問題ですが、これは飽くまでも個人的意見である。拙生は

支那細菌兵器研究所から漏れ出た物であると信じて止まない。

 扨、拙生が知る限りこの新型コロナウイルス發生發覺したのが

令和元年、耶蘇暦(やそれき)(キリスト暦)二〇一九年十月。

 北海道新聞の片隅に小さく譯の解らない感染症と掲載されたこと

始りであつたと記憶する。つまり昨年十月で支那政府は發生當時

隱蔽(はつせいたうじいんぺい)工作を試(こころ)み、新型コロナウ

イルスを發症(はつしよう)したと發表した眼科醫を拘束監禁したの

である。

 然し、今現在眼科醫が新型コロナウイルスによる肺炎にて死亡後

、世界中に感染(かんせん)蔓延(まんえん)し支那政府の隱蔽(いん

ぺい)工作失敗が支那國内で騷ぎになることを恐れ拘束したことを

隱蔽、一轉して英雄扱ひをしてゐる。

 先の時點に於て支那政府は新型コロナウイルスの對策(たいさく)

を打つ可き(べき)であつたが、隱蔽(いんぺい)工作を試みたが爲

(た)めに世界中に蔓延(まんえん)させてしまつたのである。

 この事は世界中の情報機關が把握(はあく)してゐた。日本には

防衛省情報本部電波部があり陸上幕僚監部・調査部・調査第二

室があり、この部門は防衛省の傘下にあるものの、警察庁と警察庁

の事実上の出先機関である内閣情報調査室と直結し、別室長は防衛

省より先に警察庁へ情報を上げ警察庁が警察の独自情報として官邸

に傍受情報を報告してゐるのだ。

 當然その情報は把握して居た筈である。情報を把握して居たにも

拘はらず日本政府は、支那マネーに經濟を委ね(ゆだね)て居る所が

多々あり、又習近平來日豫定(よてい)があつたが爲(ため)、新型

コロナウイルスの對策を支那に遠慮するやうに、更にオリピッ

開催豫定が二の足を踏ませてしまつた。

 これは日本政府のみならず日本國民の平和ボケ、國防意識の希薄

さ、否、缺如(けつじよ)から成るものであると考へる。

 國防と言ふものは何も國益を護る爲の戰爭だけが國を護るもので

はない。

 國體を脅す(おびやか)ものは全てその脅威を防ぐことが國防と言

ふことになる。

 例へば人間の身體(からだ)に黴菌(ばいきん)が入れば病氣になる

。その病氣を藥に依つて治さうとすれば、元々身體の中に持つてい

る抗體とは違い藥の副作用その他の弊害が考へられる。然し、

病氣を克服する爲の防衞方法であることは間違ない。身體(からだ)

元々持つてゐる抗體がその黴菌を撃退する爲に戰ふことには副作

は限りなく無いに等しい。

 このやうなことを國に置換へれば、歴史の中に多々見られるであ

らう。

 漢字が日本に傳來した當時速かに受け容れられた譯(わけ)ではな

く、つまり副作用である。日本本來の傳統(でんとう)に照し合せ

改良され何年も掛けて馴染(なじ)ませ受け容れられた。又、佛敎

(ぶつきよう)が傳來(でんらい)された當時(たうじ)は全く受け容れ

られず何度も蘭印(いんど)日本の間を往き來し教へを請ふこととな

たが、やはり受け容れられず日本神道に合はせるやう變へられ

た。

これが副作用の緩和である。

 故に現在の佛敎は蘭印發祥の佛教とは全く違ふものとなつてゐ

る。宗教では耶蘇敎も全く佛敎同樣であらう。宗教(しゆうきよう)

は身體に入る病氣同樣副作用弊害があつた爲、馴染むことが出來な

つた。思想面に於ても同樣明治維新以降西洋文化が取入れられ、

更に大東亞戰爭終戰後、民主主義や共産主義が推獎されたことで大

きな弊害が起きてゐることは皆一樣に感ずるものであらう。

 共産主義思想は夢物語であり、その殆どの國が崩潰(ほうかい)し

てゐる。

 現在共産主義の國は思想と眞逆な獨裁(どくさい)國家であり日本

には到底受け容れ難い思想である。

 民主主義も同樣、先進國のその殆どが民主主義崩潰の脅威に晒

(さら)されていると言へるであらう。

 民主主義思想に依つて權利(けんり)のみを訴へる者が多く現れ、

義務責任を二の次と言ふより忘れ去つてゐるのだ。

 義務責任を忘れ權利のみを要求すれば組織は成立たず國としての

體をも成すことが出來ないであらう。つまり日本は我儘(わがまま)

勝手(がつて)を許す國となり下がつてしまつたのである。

 吾が日本國の美徳とされる道義道徳は他を思ひ遣り和を貴み生き

ると言ふ、 神代の時代から天照大神の教へとして受繼(うけつ)が

れたものである。

 小生等世代は世の爲、人の爲に役立つ人に人になりなさいと兩親

や祖父母、年長者に言はれ育つたものである。

 以前、荷田春満(かたのあずままろ)、賀茂真淵(かものまぶち)

平田篤胤(ひらたあつたね)とともに國學四大人の一人とされる

本居宣長(もとおりのりなが)先生の隨筆書、玉勝間(たまかつま)と

ふ本を讀んで驚いたことがある。

 その隨筆書の中に書かれてゐたことに驚いた。兩親や祖父母、

年長者に言はれたこと、道義道徳の全てが書かれてゐた。

 數百年前に書かれた本に同じことが載つてゐたのだ。

 つまり父や母も同じ教へを受けてゐたのだと思ふと古の教への

素晴しさに感動した。

 然し今現在はどうであらう、受驗戰爭と言はれた當時、人を蹴落

としてでも己だけ上にあがらう。亦、法律に觸れなければ何をして

も良い。將(はた)又(また)法律すれすれを掻い(かい)潛り(くぐり)

詐欺紛ひ(まがい)、更に俺々詐欺で人が困らうが己さへ良ければ良

しとする考へが蔓延してゐて、それが微罪とする傾向がある。

これが日本の民主主義となつてしまつてゐる。

 日々の報道を見てゐれば、新型コロナウイルスの非常事態宣言に

て感染を懸念し自肅要請が出て以來、これでも日本人なのだらうか

と言ふ事態が多々起きてゐる。

 自肅要請を無視して營業を續ける一部のパチンコ屋は大いに感染

の危險の恐れがある。ゴールデンウィーク休みの間、何もすること

が無いと營業するパチンコ店へ感染のリスクを知りながら大勢が

押掛ける。亦、若者が河原に集りバーベキュウ、これ等は己の慾だ

けで人に感染させることは全く考へない自己中心方の考へであり、

義務責任を忘れ權利のみを追求する我儘勝手以外の何者でもない。 

 確かに未曾有(みぞう)の出來事であり、東日本大震災や熊本大震

災のやうに大災害に發揮(はつき)された日本人の持つ民族性が稱讚

(しようさん)された時とは違ひ、一部の地域のみならず日本中否

(いや)、世界中に及んだ災害である故に餘(あま)りにも長期間の

自肅に耐へられなくなつてゐるのだ。

然し本來の日本民族性が戰後教育の呪縛(じゆばく)から覺醒(かく

せい)されてゐれば容易に乘越(のりこ)へることが出來た筈である。

 このやうなことを踏(ふま)へ日本政府、與黨、野黨の政治家は、

平時と違ひ有事と捉へ何が大切か見極め對處すべきである。

 然し乍ら殘念(ざんねん)なことに與黨、野黨の政治家は、枝葉の

問題のみに捉(とら)はれ根幹である幹に眼を向けることが出來なか

つた。

 政治家のみに責任があるのではなく、このやうな仕事の出來ない

輩(既得權益のみに奔走し私利私慾に塗れる官僚、これが一番の

惡)、多過ぎる必要のない輩(二重國籍議員、不倫騷動議員、

國費を必要外へ湯水のごとく使ふ議員、落選したにも拘はらず比例

代表制度にてゾンビの如く復活する議員)を唯々(ただただ)増やし

政治の場へ押上げた。

天下興亡(てんかこうぼう)匹夫有責(ひつぷゆうせき)、平和ボケの

國民には大きな責任はあるだらう。

 この事態を乘越へる爲めに國民一人一人が己を見直し、日本と言

ふ國を今一度見直し古に教へを請ふことが出來れば、この難局を

乘越える智慧も策もおのずと湧くであらうと日本の民族精神を大い

に期待するものである。
























by iamhide3897 | 2020-05-07 13:01 | ぼやき | Trackback | Comments(0)
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