
虚け者のぼやき
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虚け者のぼやき
ブログ開設から十一年
令和三年(紀元二千六百八十一年)九月十七日

昔懐かし車両である
ブログ開設から十一年、途中と云ふより昨年一年拙生(せつせい)
の過失怠慢による交通事故を起こしてしまい,生死を彷徨(さまよ)
ふ事態を引き起こし、長い入院を余儀なく去れてゐた爲、約一年
ブログ更新をする事が出來ずに居た。依つて、實質十年である。
皇紀二千六百七十年つまり平成二十二年九月一日開設から十一年
が経つてしまつた。
これからは出來る限り更新したいと思ふ。然し乍ら、先に申し上
げたやうに己の過失怠慢による交通事故で脊髄損傷(せきずいそんし
ょう)を負ひ両の腕は殆ど利かない状態にあり思ふやうに出來(でき
)るか非常に不安である。
この十年を振り返り、ブログを顧みれば古い記事にその時期に
は、こんなにつまらないことと思へる程、稚拙(ちせつ)なことを
言つて居たのかと恥じる反面ほんの僅かだが成長出來たのかと自賛
してゐる己に微笑む。
思ひ返せば、ブログ開設に當(あ)たり某同血社會長・・・・・
オ~ッと某と言いながら名前を出してしまつた。ま~いいか、
長きに懇意にして戴いてゐることだし、本當のことでもあるから
問題ないであらう。
この會長の唆し(そそのかし)に遭ひ、始めたのであるが拙生の
淺學非才故に生みの苦しみと言ふものを嫌と言ふ程に味はうことと
なつた。が、楽しみと言ふべきか充實感と言ふべきか、ブログは得
がたいものとなつたことは確かである。オ~ッと又言葉を間違へ
た。
唆しと言つてしまつたが、この會長その氣にさせると言ふべきか
奮起させると言ふべきか・・・・・・・・・・結果、孤軍奮闘を
如才なく後押しする人物と言ふところであらう。
言葉巧みに人を唆し(そそのかし)誘導する。然し乍(なが)ら惡し
き方向には誘導したことは一度も無ひ。
依つて唆しと言ふ処は在來御厚情に甘へ愛嬌と勘弁して戴きたい。
然し乍ら、その唆しの犠牲者は數知れずである。
拙生の知る限り相當な數になるであらう。我々のやうな活動をする
者であれば誰しもが知る重鎮と言はれる某團體會長もその犠牲者で
ある。
その會長、人として大きな人と言ふべきか、器が大きいと言ふ
べきか、拙生が勝手に模範となつて戴いてゐると思ひ込んでゐるの
だが、最も尊敬すべき御方である。
そのやうな御方を唆すのであるから、ただの言葉の上だけで容易
く唆せるものでは無ひと確信する。更にこの唆し會長、歳は拙生の
息子と言つても不思議ではなひ程の年齢でありながら、座右の銘が
「求學(ぐがく)求道(ぐどう)」と言ふだけあつて尋常ではない苦難
の道を歩んだであらうと思ふ。亦、この唆し會長をどのやうな人物
かと尋ねられれば、「俺の百科事典、辞書のやうな人物、何でどう
してが大好きで知る限りの知識をもつて答へてくる。唆し會長曰
(いわ)く聞くと言ふことは全てに関心があるからで伸びしろのある
人間だからと言ふ」と拙生は答へてゐる。
閑話休題(かんわきゅうだい)、話がブログからかなり脱線してし
まつた。
右申し上げたやうに、交通事故にて脊髄損傷を負ひ両の腕は殆ど利
かず、歩くにも確りとは歩けぬ状態にあり、何事も思ふやうに行か
ない状態を悔やんだり恨んだりしても、己の起こした結果であり
何等解決はない。ブログを顧みることで、無いものを悔やむよりあ
るものに感謝し、前を向くことが大事と己自身が答へてゐたことに
氣付かされる。
「神は耐へられぬ試練は與へることは無ひ」と散散(さんざん)人
には答へ續けて來たことに氣付かされ、己の信仰心が稀薄(きはく)
になつてゐたことを恥じるばかりである。であるならば右手の指は
そこそこ動き、左手指も右手程ではないにしろ動いてゐる。又、
歩くことも何とか出來てゐる。更に、多尠問題はあると思はれる
が、頭脳の状態は正常だと思ふ。況してや口は人の三倍動いてゐる
ので、今は明るい身軆障害者だ。然し、必ず健康な状態へと戻ると
信じて、ブログ更新に挑戦したいと思ふ。
弊塾ブログは決して優れたブログではない。讀者諸氏を登山者に
例へるならば優れたブログならば頂上へと容易く案内するであら
う。
然し、弊塾ブログは登山口迄案内し登つてみやうかな~と思ふやう
にするのが精一杯であらう。
而して、讀者諸氏が弊塾ブログを覧た時に賛否両論、叱咤し乍ら
覧て戴き、考へてもらえれば本望である。
扨、弊塾ブログだが開設當處(とうしょ)からこんなことを言つて
ゐたのには正直驚ひた。
日本本來の姿、つまり御國柄であるが神武天皇肇國の際、崇高
(すうこう)なる思ひを持つて發(はつ)せられた「八紘爲宇」の詔
これは簡単に言へば一つ屋根の下皆仲良く暮らさう、つまりは黒人
も白人もそして黄色人種も全て差別無く仲良く暮らさう、世界平和
そのものなのだ。幕末當時西郷隆盛翁が「敬天愛人」と盛んに延べ
現在も多くの書籍にありますが、これは支那、春秋時代の思想家、
孔子の説いた儒教の教へにある言葉ですが、既に神武天皇の發した
詔「八紘爲宇」と言ふ教への中に神道の教へとしてあつたのだ。
日本の教へは「敬神・愛人・克己」つまり敬神、自分をこの世に出
してくれた両親、御爺さん、御婆さん、曽祖爺さん曽祖婆さん、
御先祖、更には辿りに辿れば八百万の神々そして神武天皇、而して
天照大御神へと辿り着き敬ふと言ふこと。
愛人、こは兄弟、身内、先輩後輩、友達、隣人己に関はる全ての
人を慈しみ嘆き悲しませることのない樣にと言ふこと。
克己、己の願望、欲望に打ち勝ち社会正義に身を置くと言ふこ
と。
神を敬ひ、人を慈しみ、己に打ち勝つと言ふことです。
この「敬神愛人克己」の教へは日本教育の基本の一つです。
現在の教育現場にこの教へがあるだらうか、精神を育むと言われる
武道に於いてはオリンピックを観ても解るやうに金メダルに拘り、
己に打ち勝つと言ふよりも相手を打ちのめすことのみに奔走、
精神精進と言ふことには全くと言つて良い程にほど遠い。また學道
に於いては學歴を持つて社会に出れば良い会社に、また良い仕事に
就けると言つた己の利便性のみであり、學校もまたそれで良しと
した経營方針つまり算盤勘定(そろばんかんじよう)のみなのです。
拙生が育つた北海道の僻地大和炭鉱での學校教育は忘れもしない
故大沢勘太郎校長先生の教育方針である。
先日報道番組で岐阜市に不登校児専門の草潤中学校が開校される
事が決まったとあつたが、故大沢勘太郎校長先生の教育方針と極め
て類似してゐた。大量生産の製品の如く同じ物を作るやうに生徒を
教師や學校の方針を教へ込むのではなく、勉強の好きな子、嫌いな
子、運動の好きな子、嫌いな子と生徒一人一人に合はせ學問よりも
道議道徳を重視した故大沢勘太郎先生の教育方針であつた。當時は
變な先生だなと思つたものだが社會に出て恩師の素晴らしさに氣付
かされた。
崇高な教へを教育現場に復活させ、人を育てることに務めなくて
はならない。
崇高な精神を基に文武一途、文武両道を極めた人が育てば、現在の
樣な未曾有(みぞう)のコロナ禍にあつても己の既得権益のみに奔走
する政治家、いや政治屋(自民黨二階俊博・安倍晋三・麻生 太郎の
やうな)は排除され世界に誇る素晴らしい日本本来の姿になること
は夢ではない。
「天下興亡・匹夫有責」(天下の興しは匹夫にも責任有り)つまり
國が興(おこ)るも滅(ほろ)ぶも、その責任の一端は國民にあるとゐ
ふことで愛國心と言へば眉を顰める(しかめる)方も居られるでせ
う、然し、決して眉を顰める(しかめる)やうなことではなく、愛國
心とは所謂(いわゆる)國自慢ではなく、己惚(うぬぼれ)根性でもな
く眞に國體の精華を自覺し國性の眞粹を會得、自ら進んでその短所
弱點(たんしょじゃくてん)を補(おぎな)ふと徳富蘇峰翁の著書に
ある言葉です。つまり良いものは育み惡いものは省き外國に劣らぬ
國にしなければならないと言ふことなのです。
民主黨政権當時、言葉巧みに心地良い事を並べたてる民主黨、
無駄を無くすると言い放したのは良いが全くその成果は無く、
國民の生活が第一、元気な日本を復活させると、黨の第一目標に
掲げながら誰の目から見ても無駄としか見えない議員歳費の問題は
一切無視。それを誘導したのが現在の立憲民主黨枝野代表張本人
なのだ。
國民に負担を強いるならば先ず議員歳費を見直すべきである。
他國と比べると一目瞭然、余りにも高ひ歳費は驚くべきものです。
國会議員の歳費(給与)は年収約二千二百万円、文書通信交通滞在
費その他、立法事務費と議員一人に對し年間約四千二百万円が税金
から支給されてゐるのです。 アメリカの議員歳費は年額約千七百
万円、イギリス下院は約九百七十万円です。日本の國会議員は世界
的に異常に高額の歳費を受け取つてゐる譯ですが、それに見合う
働きをしてゐるのかどうかが問われるのではないでせうか。
仕事が出來ないと言ふよりしない議員ばかり、拙生は國會議員
衆参両議院の半分でも充分足るものと思ふ。亦、その半數の歳費が
あれば弱者と言われる人達の殆どが救はれるであらう。
驚いた事に開設十一年前と全く變はらぬことを言つている。
つまり十一年経つても何等日本の状況は變はつてゐないのだ。
未曾有のコロナ禍にあつて黨利黨略(とうりとうりやく)、私利
私欲、既得権益にのみ奔走する自民黨には呆れるのみであり、
現在行はれてゐる自民黨総裁選挙は國の行き先、國民生活を無視し
たコップの中の闘いと言ふより御猪口(おちよこ)の中の闘い程度と
最低のレベルである。
先に述べた「天下興亡・匹夫有責」を自覚率先し行動に起こせば
明るい未來は夢ではないと思ふ。
注意
一部、國を愛すると言ふ言葉を使つてゐますが、これは厳密に言
へば間違ひであると思ひます。
愛すると言ふのは同等若しくは格下に對して使ふ言葉であり、國に
對し使ふ言葉ではないと聞ひたことがあります。然し、明治維新以
降、欧米文化の影響を強く受け、それ迄には國を愛する等と言う
言葉を使ふことはなく、使ふとすれば天皇陛下以外には使ふことを
許されなかつたと聞き及びます。
明治期に編纂された國語辞典「言海序」には愛國の文字は掲載さ
れていなかつたと聞いてゐます。つまり明治維新前には愛國と言ふ
言葉さえ無かつたと思われます。然し乍ら、「愛國と言ふ言葉」は
欧米文化の影響を受けたとは言へ「崇敬」と言ふ意味を以て使はれ
てきました。依つて此処では誠に不敬とは思ひますが「愛國」を
「崇國」と讀み取つて戴きたいと心より御許し願ひます。
by iamhide3897
| 2021-09-17 22:09
| ぼやき
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