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虚け者のぼやき


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虚け者のぼやき!!

  ゼロの人間




令和四年(紀元二千六百八十二年)六月十六日





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 口惜しい事ですが私がこれまでに一運動家と称して、如何にも

そらしく立振舞ひ運動家の末席を汚して來た事を振り返れば非常に

恥かしい限りである。

 ここ、最近の出來事を顧みれば私同の人間が多すぎたことに事

は發してゐるのでは無いかと思ふ。つまり周りを見廻せば、ほんの

一部の人間を除けば何事においても世の中が惡い世間が惡いと愚癡

を言ふが、愚癡を言ふ人間に限つて何の行動もとらないのだ。

 その世の中、世間、強ひて言へば日本の状況に對し、尠しでも

良くする爲めに何が出來るかと考へる人間は稀(まれ)で、己の努力

の無さを世の中が惡いと責任転嫁するばかりである。

 私は禅を信仰している譯では無いが、偶々例へるに良い言葉が、

禅の言葉に「張公喫酒李公酔(ちようこうきつしゆりこうすい)」

と言ふ言葉があるが、張公、李公は張さん李さんと言ふ名前の事で

つまり「張さんが酒を飲んだ、李さんが酔つ払つた」と言ふ事にな

る、然し何故張さんが酒を飲んだことで李さんが酔つ払ふのか、

おかしな話ではないだらうか、然しここに李さんが酒を飲んで

ゐなひとは何処にも書いてゐなひのだ、つまり張さんと同じやうに

李さんも酒を飲んだのだ、だから李さんが酔つたのであつて張さん

が酒を飲んだからではないのである。

 まさに節制のない飲酒した李さんの責任逃れの思考であつて、

よく自分が墜落したり失敗した責任を「世の中が惡い」と責任転嫁

する人が居るがそれも全く同じことである。

 確かに世の中は惡ひ、それは否定しません、然し惡ひ世の中に

あつても努力し成功する人もゐます、努力せず努力の無さを世の中

の惡さや他人に責任転嫁する事は卑怯であり禅の言葉はその

考へをしてはいけないと叱咤して居るのだ。

 諸外國との多種多樣な外交問題は言ふに及ばず。政界、財界に

おいて現在、誰一人として責任を取ることのない問題となつてゐる

厚生労働省の支援金不正受給問題、社会保険庁の問題、警察官不祥

事、地方公務員による裏金不正問題、そして次世代を担ふ子供達の

教育問題、ハンセン病などの人権問題のその殆どは國家公務員、

地方公務員つまり公僕の不作爲の罪によつて起こされてゐる問題で

あり、またそれが民間に波及しなひはずは無いのだ。

 國民の生命そして日本人としての誇りをも失墜させ國に對する

希望までも失いさせうるものである。政府は國の問題として對策を

講じてゐるに見せてはゐるが國(國體)を護るのではなく政府(政

體)を守らうとする黨利黨略であり、官僚とのその場しのぎの駆け引

きだけでなのである。

 また世界に目を向ければ、これまでの代々政府が行つてきた極め

て軟弱な外交そして憲法問題は日本國としての尊厳までも捨て去り

戰後植民地法を日本國憲法などと押しつけられる屈辱を未だ払拭出

來ない儘(まま)、自國民を自衛することもままならず危機迫る問題

が散在し國としての存亡が危ぶまれるものです。

 このな問題、出來事に對し、日本に生まれ育つた國民、日本人

として何をしてきたのか!!

 己に火の粉が掛からぬ限り目をそむけ時代が惡ひ、世の中が惡い

と「何も言わない何もしない」先を見れば何が起こるか、而して

うなるかは解る筈であるにも拘はらず、「何もしない、言わない」

不作爲の罪と言ふ大罪を犯し續けてゐるのだ。「義を見てせざるは

勇無きなり」正しいことを正しいと言へない、また己に與(あた)へ

られた役目を果たさぬことは罪である。一人一人の日本人がその

役目を果たさぬ限り國が良くなろう筈はないのである。

 私自身、愚息が中學に入つた頃「おとうさん、日本は悪いことを

したんだよね」と大東亞戰争の事を言つたことがある。學校は子供

にとんでもない事を教へてゐると思つたものです。つまり私の家族

子供に日本という國に誇りを持てない、そして何より怒りを覺える

のは先祖代々、先人達を愚弄する偏向教育と言ふ火の粉が及んだ

だ。このことが初めて私の行動を起こすきつかけとなつたのだが、

何一つとして改善されず、未だ國を腐敗させる偏向教育は續けられ

、己自身の非力さを痛感させられ、大いに悔やまれるものです。

 日本に生まれ育つた國民として一人一人が自分に何が出來るか

考へ、全ての國民が、それぞれの技量において行動を起こすべきと

思ひます。

 一人一人の力は小さいものです、しかし愚痴だけを言ふ人間は

ゼロであり、ゼロはいくら足(+)しても掛け(×)てもゼロはゼロ

で、たかが一であつても足せば百にも千にも万にもなり大きな力と

りうるものなのです。

 國に對し、して貰う事だけを望むのではなく、先ず國に對し己が

何が出來るか、而して例へ小さなことでも行ふ事が肝心なので

あり、行つたことを誇りに思ふべきではないのであらうか。

 日本人と言ふならば尠(すくな)くともゼロの人間にはなつて貰ひ

たくはないと心から祈念するものであり、また私自身も日本國民と

して政府政體に従ふのではなく世界平和を願ふ天皇陛下を中心

とする國體に身を委(ゆだ)ね、 神武天皇建國以來の悲願である

道義國家建設の爲(ため)、世界を牽引出來うる國となる爲(ため)、

たつた一ではなく十にも二十にもなれるよう精進努力しなければ

ならないと猛省するものであり、また広く訴へて行かなければなら

ないものと心するものである。
















by iamhide3897 | 2022-06-16 13:53 | ぼやき | Trackback | Comments(0)
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